パイロット不足で日本の空に暗雲【航空】

パイロット不足で日本の空に暗雲


 日本を訪れる外国人旅行者は毎年増加し、2013年に初めて1000万人を突破しました。それ以降、毎年過去最高を更新し続け、今や日本経済の下支えとして大きな役割を果たしています。政府は2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに、訪日外国人旅行者を4000万人に増やすという目標を掲げ、受け入れ態勢の充実、拡大を急いでいます。
 こうした中、パイロット不足が原因で「空の足」、航空便の確保が困難になるという深刻な問題が日本の空を覆い始めています。パイロット不足は日本だけでなく、世界中に深刻な影を落としています。なぜこうした事態に陥ったのでしょうか。

パイロット不足で日本の空に暗雲 【航空業界に多大な影響を及ぼすLCC】
- 格安航空会社(LCC)が誕生するまで -
 パイロットが不足している原因は、格安航空会社(LCC)の台頭、経済発展に伴う航空需要の拡大、飛行機の中・小型化や多頻度運航などで、パイロットの需要が増大しているにも拘らず、供給が追い付いていないためです。中でも最大の要因は、急成長し続けるLCCだといわれています。
 第二次大戦後、アメリカなどの戦勝国は軍の近代化を図るため、古くなった飛行機を民間航空会社に払い下げました。民間航空会社といっても大半はナショナルフラッグ・キャリアといわれる大手航空会社で、航空運賃は政府との間で決められた料金体系(カルテル)となっています。1960年代になると、急増する航空機利用者に対し、世界各国は大型ジェット旅客機を導入していきました。さらに、80年代に入ると、最大乗客数500人、重量約400トンものジャンボ機が登場して世界の空を飛び交うようになりました。
 しかし、次第に大型機導入に伴う多大な設備投資、さらにオイルショックによる世界的な不況に見舞われ、旅行客は大幅に落ち込んでいきました。厳しい経営状況に置かれた大手航空会社は、航空規制の緩和・撤廃に向けた動きを加速させ、自主的に割引料金の導入を目指しました。こうした動きを受け、アメリカは1978年に航空自由化に踏み切りました。この結果、効率的な運用による格安運賃を実現したLCCが誕生し、アメリカから欧州、東南アジア、オセアニアへとLCCのシエアは拡大していきました。
 当時の日本は、LCCの参入は既存航空会社に無理な運賃値下げを強いるとして受け入れませんでした。しかし、世界の趨勢に押されるように規制緩和を進め、2012年にLCCの運行が開始しました。このため、12年は「日本のLCC元年」と呼ばれることもあります。

- LCCが多くの人に受け入れられた理由 -
 LCCは格安運賃を実現するため、特定区間に絞り込んだ路線の設定、使用機種の統一、座席を増設して高頻度運航、サービスの有料化、インターネットによる航空券の発売、契約社員の活用などでコストの大幅な削減を図りました。
 2017年の世界の航空旅客数は、40億人を突破して過去最高になりました。特に東南アジアではここ10年で4倍以上に増加しています。低価格の運賃を実現したLCCは、これまであまり飛行機を利用してこなかった人々の需要を掘り起こしてきたのです。実際、LCCが世界各地で占めるシエアは、欧州では約40%、北米で約30%、東南アジアでは約60%にも達しています。
 しかし、急成長した会社がある一方、経営基盤の脆弱さなどで事業停止や破綻に追い込まれた会社も少なくありません。

パイロット不足で日本の空に暗雲 【世界中でパイロットが足りない】
- 厳しい労働環境で相次ぐキャンセル -
 2017年9月、アイルランドに本拠地を置く欧州最大のLCC「ライアンエアー」が、今年3月にかけて2万便をキャンセルすると発表しました。ライアンエアーは年間1億人を運び、乗客数では欧州を代表するエールフランスやルフトハンザを上回っています。しかし、パイロットの確保が上手くいかず、大量のキャンセルを余儀なくされました。
 一般的にパイロットの乗務時間は1か月に100時間、年間1000時間というのが世界の標準となっています。ライアンエアーは標準をかろうじてクリアしていたものの、パイロットの自由な休暇取得や移動日の扱いなど、労働環境が厳しく不満が高まっていました。さらに、他国のLCCから大量の引き抜きもあったようです。昨年、ライアンエアーで700人以上のパイロットが辞め、その多くが条件の良い他社に移ったようです。
 日本でもこれまでパイロットの不足から、たびたびLCCが欠航しているのは周知の事実です。比較的短距離で、中・小型の旅客機を使うLCCは、その分、運航する便数が増えて、大手航空会社よりも多くのパイロットを必要とし、パイロット不足がより深刻となっています。

- 2030年には2倍以上のパイロットが必要 -
 国際民間航空機関(ICAO)によると、2010年の民間航空用の飛行機が約6万2000機だったものが、2030年には約15万2000機になると予測しています。この予測を基にパイロットの数を推計すると、2010年時点で46万3000人だったパイロットが、30年には2倍以上となる約98万人が必要になります。なかでも、急激に需要を伸ばしているアジア・太平洋地域では、30年には現在の約5万人から4.5倍増の23万人のパイロットが必要になるとしています。
 国土交通省航空局の航空需要予測では、日本では2022年には約6700~7300人のパイロットを必要とし、このために年間で約200~300人の新規採用を必要としています。さらに、30年頃には、現在40代が中心の主要航空会社のパイロットが大量に退職するので、年間400人規模で新規パイロットを採用しなければなりません。LCCに限ると、機長の約30%が60歳以上となっており、機長は必要最低限しか配置していないので、病気などのアクシデントがあると欠航してしまいます。このため、LCCは現状のままではあと数年で深刻な事態に陥るとみられています。
 新たなパイロットが安定的に供給されなければ、大手航空会社を含めて深刻なパイロット不足に陥ります。日本の航空関連業界は「2030年問題」と位置づけて対策を進めていますが、実際にはここ2~3年が正念場といわれています。
- 航空会社のパイロットになるには -
 国土交通省の航空従業者技能証明(ライセンス)には、個人で楽しむための自家用操縦士、遊覧や報道、薬剤散布といった報酬目的の飛行や、航空会社で副操縦として必要な事業用操縦士、そして定期便の機長に必要な最上位の定期運送用操縦士の3種類あります。パイロットを目指すには、通常は自家用操縦士から順次上位の資格を取得し、定期運送用操縦士の資格を取得していきます。
 資格取得には、各養成機関で2~3年程度の基礎教育・訓練を受けて基本的な技能を身に付けます。その後、1年半程度の実務的な訓練を経て、機材毎の形式限定技能証明を取得します。その後、さらに半年~1年の路線訓練を受け、ようやく副操縦士として乗務できます。大手航空会社では副操縦士として10年程度、新規航空会社やLCCでは数年の乗務経験を経て、審査を受けて初めて機長になります。
 パイロットになるには、このように長期間の訓練と多額の費用を必要とするため、増員には短期的な対策とともに中・長期にわたる対応が求められています。
パイロット不足で日本の空に暗雲 - パイロット不足への対応策 -
 外国の主要航空会社では、20~50%を軍出身のパイロットが占めています。しかし、これでは需要に追い付かず、自社養成や民間の飛行学校の開設が急ピッチで進められています。とりわけ、需要が急上昇している中国などアジア地域では航空学校の新設が相次いでいます。日本では、当面の対策として自衛隊パイロットの民間での活用、外国人パイロットの有効活用、現役パイロットの年齢制限の引き上げを実施しています。
 自衛隊パイロットの活用については、公務員の再就職の斡旋が禁止されていたことから自粛してきました。しかし、航空会社からの強い要望を受け、2014年から再開しています。退官した自衛隊のパイロットは即戦力として期待され、現在パイロットのうち6%を占めています。しかし、定年までの在籍期間が短いという問題も抱えています。
 外国人パイロットの活用については、外国のライセンスの書き換えを簡素化するなど受け入れ態勢を緩和しました。しかし、各国ともパイロットの確保に苦戦し、奪い合っているのが現実です。このため、今後どこまで期待できるか未知数です。
 年齢制限については、一定の条件を付した上で60歳から65歳、そして68歳と引き上げてきました。しかし、定年延長は限界を迎えているといわれています。
パイロット不足で日本の空に暗雲 - 日本のパイロット養成・育成機関 -
 増大する需要に対し、中・長期的には若手パイロットの養成、供給拡大が急がれています。日本のパイロットの養成は、航空大学校、私立大学、それに航空会社の自社養成の3つが主となっています。
 航空大学校は、1954年に当時の運輸省の付属機関として宮崎に設置されました。その後、仙台分校と帯広分校を開設し、2001年度から国の組織から独立行政法人航空大学校として運営されています。入学するには専門学校などの卒業か、4年制大学を2年以上在籍している必要があります。学生は全寮制のもと、4年間かけて気象学などの座学から実践的な操縦技術を学びます。これまで定員は72名でしたが、2018年度から5割増の108名に増員され、パイロットの安定的な供給源として期待されています。
 私立大学のパイロット養成コースも注目されています。2006年に東海大学が航空宇宙学科の中にエアラインパイロット養成コースを誕生させました。08年には法政大学、桜美林大学、崇城大学が相次いで養成コースを設置し、近い将来安定した供給源となることが期待されています。ただ、学費が他学部と比べて高額であり、学年が進むと操縦訓練のために莫大な費用を要するため、奨学金制度のさらなる拡大・充実が望まれています。
 最後に航空会社に就職し、自社養成のパイロットになる方法があります。JALやANAがこのシステムを採用しています。会社から給料をもらいながらパイロットを目指すため、競争は激しく100倍を大きく上回っています。ただ、会社が多大な費用を負担するため、時々の経営状況によって受け入れ計画が大きく変動し、場合によっては自社養成の採用がゼロということもあります。LCCをはじめとする中小航空会社では、自社養成を行う余裕がないのが現状です。
 航空需要に対応したパイロットの養成は、公共交通機関としてだけでなく、日本経済にとっても大きな影響を及ぼす重要な課題です。ただ、パイロット不足に対して数の充足はもちろんですが、同時に質の向上にも取り組んでもらいたいものです。
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