高校生の為の新聞ハイスクールタイムス（High School TImes）のオンライン版

-混迷続くシリア問題を考える-
　今、中東のシリアでアサド政権と反政府組織との泥沼の内戦が続いています。２年半におよぶ内戦で約10万人が死亡し、国外に逃れた難民は200万人近くを数えます。周辺諸国の利害の対立やイスラム教各宗派の争いも絡んで内戦は長期化し、終結のめどは立っていません。混迷するシリア問題を検証してみましょう。

- 「アラブの春」の願いむなしく内戦が続く -
　シリアの内戦は2011年３月の反政府デモが発端でした。この年チュニジア、エジプト、リビア、バーレーン、イエメンなど北アフリカや中東諸国で独裁政権に対する民主化運動が巻き起こり、長期政権が相次ぎ崩壊して「アラブの春」といわれました。
　しかし、シリアでは民衆の抗議デモが政府軍との武力衝突を招いて内戦状態になり、「アラブの春」を願った民主化の夢は消し飛んでしまいました。

- イスラム教２大宗派の代理戦争の様相を見せる -
　「アラブの春」で独裁政権を倒して民主化を実現した他のアラブ諸国に比べて、なぜシリアだけが泥沼の内戦から抜け出せないのでしょうか。
　シリアの反政府運動は、当初民主化を求める反体制派の民衆と、長期にわたる強権的なアサド政権の対立という単純な構図で見られていました。
　しかし、紛争の解決に取り組むべき国際社会が政治的に対立して手を下すことができず、アラブの周辺諸国もお互いがけん制し合って動けない状態にあるといわれます。
　さらに大きな理由として、シリアの内戦がシーア派とスンニ派というイスラム教の２大宗派の代理戦争の様相を帯びていることが挙げられます。

- 661年に後継者争いでスンニ派とシーア派に分かれる -
　シリアを始めとした中東情勢を理解するには、国の政権や政治組織がイスラム教のどの宗派に属しているかを知る必要があります。アラブ諸国が信奉するイスラム教は大きく、スンニ派とシーア派に分かれます。
　イスラム教はアラビア半島のメッカで生まれたムハマンドが、610年頃に天使を通じてアラー（神）の言葉を聞いて人々に伝えたのが始まりです。
　ムハマンドの死後まもなく、後継者を巡って内部対立が起こり、661年にスンニ派とシーア派に分かれました。

- イスラム世界で多数を占めるスンニ派。シーア派は少数派 -
　イスラム教徒は世界で約15億人。全体の約85％がスンニ派で、北アフリカ、中央アジア、東南アジアのイスラム国のほとんどで多数派を占めています。
　これに対して少数派であるシーア派は、中東で孤立している大国イランが国内で９割を占めるほか、バーレーン、イラク、レバノン、アゼルバイジャンなどで多数を占めています。
　また、レバノンを拠点とする過激派の武装組織「ヒズボラ」はシーア派ですが、パレスチナのガザ地区を支配しているゲリラ組織「ハマス」や、国際テロ組織の「アルカイダ」はスンニ派です。

- シリアは少数派のシーア派が大多数のスンニ派を力で支配 -
　シリアも国民の７割がスンニ派で占めていますが、アサド政権を支配している一族はシーア派の中の分派であるアラウィ派に属し、国民の１割弱に過ぎません。国民の１割弱に過ぎない少数宗派の支配層が、多数派の国民を軍や秘密警察の力で強権支配を続けているのがシリアの現実です。
　アサド政権に対する国民の不満は強く、当初反体制勢力の優勢が伝えられてアサド政権の崩壊は近いとされていました。

- ヒズボラがアサド政権側に参戦。ロシアも支持してアメリカをけん制 -
　しかし、アサド政権と同じシーア派の大国イランが資金や武器援助を行い、今年春からはレバノンのシーア派武装組織のヒズボラがアサド政権側に立って参戦し、政府軍が盛り返したといわれます。
　地中海に面したシリアのタルトス港に海軍基地を持つロシアも、同盟国としてアサド政権を支持し、反政府勢力を支援しようとするアメリカをけん制しています。

- サウジアラビア、トルコ、カタールなどが反政府勢力を支援 -
　現在、シリアの反政府勢力は「シリア国民連合」を組織し、傘下の「シリア自由軍」が政府軍と戦っています。
　スンニ派が多数を占めるサウジアラビアやカタール、トルコなどが資金面、軍事面で反政府勢力を支援しています。
　アメリカはアサド政権が化学兵器を使用したと断定して今年６月に、反政府組織への軍事支援を決めました。イギリス、フランスなども反体制勢力への武器援助を打ち出していますが、議会での承認が得られていません。
　シリアの反政府武装組織の一つであるアルヌスラ戦線が、国際テロ組織のアルカイダと関係が深いため、支援の武器がアルカイダに流れることを警戒しているためです。

- 国外に逃れた難民は180万人。国内の避難民は400万人以上 -
　いずれにしてもシリアの内戦は、国際社会が有効な手立てを打てず終結の見通しは立っていません。
　国連難民高等弁務官事務所（ＵＮＨＣＲ）によると、これまでに国外に逃れた難民は約180万人。国内の避難民も400万人以上に達し、シリアの人口約2200万人の４人に１人が家を追われて難民化しています。
　今年に入って難民登録の数が、毎月25万人ずつ増えているといわれます。年内にはシリア国民の半数が援助を必要とする避難民になると予想されています。

- シリアは古来文明の十字路。首都ダマスカスは世界最古の町 -
　ところでシリアはどんな国なのでしょうか。世界地図を見ると北にトルコ、東から南にかけてイラク、ヨルダン、イスラエル。西に地中海とレバノンに接しています。
　この地は文明の十字路ともいわれ、古来多くの民族や文明が行きかい、首都のダマスカスは紀元前4000年前に形成された世界最古の町といわれます。
　古代からアッシリア、ヒッタイト、アケメネス朝ペルシャ、マケドニア。さらに古代ローマ、モンゴル、ビザンチン、オスマントルコなどの支配を受け、長い歴史の中で文明と文化の花を咲かせました。

- クーデターで実権を握り、1971年から親子２代でアサド政権を確立 -
　シリアは第一次大戦でオスマントルコが滅ぶとフランスの支配下に置かれ、第二次大戦後の1948年に独立します。
　1958年にナセル大統領が率いるエジプトとアラブ連合共和国を組織しますが、国内企業の急激な国有化政策に反発して軍部と民衆がクーデターを起こし、1963年に再独立します。その後、政権内部で急進派と現実派の対立が激化し、今のアサド大統領の父親であるハーフェズ・アサドがクーデターで実権を握り、1971年に大統領に就任しました。
　そして2000年に、現在のバシャール・アル・アサドが父親の後を継いで大統領に選出されて今日に至っています。

- 大国間の代理戦争が危惧されるシリア内戦。１日も早い終結を！ -
　シリアの内戦はアサド政権による化学兵器や、一つの爆弾から多数の子弾を散布して広範囲の目標を破壊するクラスター爆弾の使用。さらに、市民への無差別空爆などの残虐行為で国際世論の批判が高まっています。
　アサド大統領の退陣を求めるアメリカやＥＵ（欧州連合）、湾岸アラブ諸国と、アサド政権を擁護するロシアやイラン、イラクなどとの対立も先鋭化しています。
　ロシアはアサド政権に高性能対空ミサイル（Ｓ300）の供与を示唆するなど、シリア内戦が国際社会の利害の対立を反映した「代理戦争」に発展しかねない情勢となっています。
　国連をはじめとした国際社会が、一日も早い内戦の終結と事態の収拾に向けた、強いリーダーシップを発揮することが求められます。


【エジプトクーデターの〝深層〟】

- 軍部とムスリム同胞団の歴史的対立 -
　「アラブの春」の民主化運動で30年続いたムバラク政権が倒れて誕生したモルシ政権が、今年７月の軍部クーデターによってわずか２年で崩壊しました。
　経済の悪化とイスラム主義独裁に対する大衆の不満、不安が原因と言われますが、底辺には軍部とイスラム組織「ムスリム同胞団」との歴史的な対立があります。
　ムスリム同胞団はイスラム文化の復興を掲げて1928年にエジプトで結成されたスンニ派を代表するイスラム原理主義組織です。
　1952年にエジプト将校団を率いたナセルが王政を打倒しましたが、ムスリム同胞団は1954年にナセルの暗殺を企て、失敗して非合法化されます。
　ナセル、サダト、ムバラクと続く軍部出身の大統領の下で弾圧を受けたムスリム同胞団は、穏健路線を歩んで成長を遂げてきました。
　2011年の「アラブの春」のエジプト革命では、民衆と共に軍部をバックにしたムバラク政権を倒し、民間出身のモルシ政権を樹立しました。
　モルシ政権は軍部の既得権益に手を付けるとともに、ムスリム同胞団を有力ポストに据え、大統領権限を強化してイスラム主義による独裁色を強くしていきました。
　ムスリム同胞団の動きを警戒する軍部は、イスラム主義独裁に反発する民衆の反政府運動の波に乗ってクーデターを起こし、反ムスリム同胞団の政権を誕生させたのでした。
　かつて、エジプトと共にアラブ連合を組織していたシリアは泥沼の内戦状態にあり、一方のエジプトは新政権を支える軍部とムスリム同胞団が激しく対立して武力衝突が心配されています。
　「アラブの春」の民主化の願いはさらに遠のきそうです。