シリア内戦と難民問題を考える【国際】

シリア内戦と難民問題を考える


【増大する難民と国際社会の対応】
 中東のシリアから多くの難民がヨーロッパに向かっています。国際社会の利害が複雑に絡んで長期化するシリアの内戦。多発する過激派組織IS(イスラム国)を名乗る爆弾テロ。シリアを中心とした中東やアフリカの難民は増大する一方で、難民受け入れを巡ってEU(ヨーロッパ連合)をはじめとした国際社会の対応が注目されています。シリア内戦と難民問題を考てみましょう。

シリア内戦と難民問題を考える - シリアの人口の半分以上が難民 -
 世界中の難民の数は2014年末で約60 00万人と言われ、第2次大戦後最悪の事態となっています。シリアを始め、イラク、アフガニスタン、ソマリアなどアフリカやアジアでも内戦や宗教対立、自然災害などで故郷を追われる人が後を絶ちません。
 欧州を目指す難民の主な出身地であるシリアは内戦が5年を経過し、昨年11月末現在で約410万人以上が国外に脱出しました。国内で住む場所を失って流浪生活を送る「国内避難民」は約760万人を数え、国外脱出を含めた難民の数は1100万人を超えてシリアの人口2200万人の半数以上となっています。
 シリアで内戦が始まった当初は戦火を避けて、一時的に多くの住民がトルコやレバノン、ヨルダンなどの周辺国に避難していました。ところが内戦が長期化するにつれてシリアに戻らずに他の国に移り住もうとする人が増えてきました。
シリア内戦と難民問題を考える - 昨年1年間で約100万人がEUを目指す -
 昨年8月、国連機関の世界保健機関(WHO)がイラクでの医療援助の8割以上を中止したほか、9月には世界食糧計画(WFP)が食糧援助の大幅カットを打ち出しました。近年の世界的な難民の増加で財政事情が厳しくなったことが理由です。
国連機関の支援中止が相次いで、難民の中で動揺が広がりました。このため、ドイツのメルケル首相が難民の積極的な受け入れを表明したことから、昨年秋から欧州連合(EU)を目指した難民の「大移動」が始まりました。
 EUに向かう難民はシリアを中心にイラクやアフリカ北東部に位置するエリトリアなどからも流出しており、昨年1年間で約100万人を数えました。
シリア内戦と難民問題を考える - シリア内戦は米ロの代理戦争の色合い -
 シリア内戦の発端は、2011年1月にチェジニアとエジプトで起きた「アラブの春」と呼ばれる民主化運動でした。親子2代にわたるアサド政権の圧政に対する市民の抗議デモは、政府の厳しい弾圧によってやがて内戦へと激化して行きました。
 シリア国民の大多数はイスラム教のスンニ派ですが、アサド政権は少数派のシーア派の中のアラウイ派と呼ばれる一派で、国民全体の1割に過ぎません。シリアのアサド政権は少数のアラウイ派が、圧倒的多数のスンニ派を軍や秘密警察の力で強権支配する独裁体制を敷いています。
 シーア派が多数を占めるイランや、もともとシリア政府と友好関係にあるロシアはアサド政権を支援し、アメリカやEU、トルコはアサド政権打倒を目指す反政府勢力を支援しています。また親米のサウジアラビアやカタールなどスンニ派の湾岸アラブ諸国は反政府勢力に武器や資金を提供していると見られます。
 このためシリア戦争は米ロの代理戦争の色合いを濃くしています。

- 複雑に入り込んだ内戦構造 -
 内戦と言えば政府軍と反政府勢力の戦いという構図がイメージされますが、シリアの場合は事情が複雑に絡みあっています。  アサド政権の強権的な支配に対する民衆の抗議運動として始まったシリアの紛争ですが、反政府勢力がバラバラで、アサド政権に代わる受け皿となり得ない点が事態の収拾を長引かせる原因となっているようです。
 ひとくちに反政府勢力といってもアサド政権軍から離反した自由シリア軍をはじめ、シリア国内で自治を宣言している少数民族のクルド人勢力。レバノンから入り込んだシーア派の過激組織ヒズボラがいます。
 さらに、国際テロ集団アルカーイダの下部機関の反政府組織ヌスラ戦線。イラクから流れ込んだ過激組織のIS(イスラム国)などの武装勢力やゲリラ組織が、相互に反目しながら抗争を繰り広げています。
 とくにアルカイダから分派したISは、14年6月に国家宣言し、自前の軍や警察、裁判所を持ち、強引に税金を徴収するなどシリアとイラク内で支配地域を拡大しています。
シリア内戦と難民問題を考える - ISによるパリ同時多発テロ -
 昨年11月末、英国のシリア人権監視団が明らかにしたところによると、過激派組織ISが国家宣言した14年6月以降、シリア国内で民間人1945人を含む3591人が無抵抗の状態で銃殺されました。この中には女性が103人、子供が77人含まれているといわれます。
 そして昨年11月13日に130人の犠牲者を出したパリ同時多発テロが起こり、ISに対する国際社会の批難が一気に高まりました。10月末にはエジプトでロシア旅客機が爆破され、ベイルート(11月12日)、チュニジア(同24日)、今年に入ってリビア(1月9日)、トルコ(同12日)、インドネシア(同14日)など、ISを名乗るテロの惨禍が連続して周辺国を巻き込んで起こっています。
 パリ同時多発テロを機に、ロシアはシリア空爆を始めましたが、「ISへの攻撃を口実に他の反政府勢力を空爆してアサド政権を助けている」との批判があがっています。

- テロは難民発生の最大の要因 -
 世界の難民は増え続けていますが、その要因はテロの多発が大きく関係しているようです。オーストラリアのシンクタンク「経済平和研究所(IEP)」の調べによると、2014年の1年間で世界のテロ犠牲者は3万2658人で、前年に比べ80%増えています。
 犠牲者の78%がシリアやイラクなど中東や中央アジアで占め、経済的損失は前年を61%上回って529億ドル(約6兆5200億円)に上っています。
 IEPの15年版報告書によると、ISが拠点を置くシリアとイラクには11年以降約100カ国から約3万人の戦闘員が流入したと判断しており、15年上半期だけで約700 0人が新たにISに加わったとみています。
 昨年11月のパリ同時多発テロではテロ実行犯が難民に紛れ込んで犯行に及んだとされ、テロ対策と難民問題をさらに複雑なものにしています。

- トルコ国内で難民を支援 -
 欧州へ流入する難民が増大するのに対応して、EUは昨年秋に向こう2年間で16万人の難民受け入れを決めました。しかし、パリ同時多発テロ以降難民の受け入れが見直されるようになりました。
 パリの多発テロで、実行犯が難民に紛れて潜入したことが明らかになりました。テロリストが難民を装って容易にEU域内を移動する恐れがあるため、フランスやオランダ、ハンガリー、スペインなどが出入国管理を厳しくしています。
 昨年11月末に、シリア難民のEUへの主要ルートとなっているトルコとEU加盟28カ国の首脳会議が開かれました。トルコは難民がEUへ流入するのを抑制すると共に、EUは30億ユーロ(約3900億円)を供出して、トルコ国内で難民収容施設の増設や難民の生活向上を支援することで合意しました。

- テロリストの潜入を警戒して入国管理を厳戒化 -
 EUは過去30年にわたって、旅券無しで国境を通過できる域内の自由往来を実施してきました。しかし増大する難民の流入を抑制してテロを防止するため、EU加盟国は個別に隣国との国境管理を復活させ、EU域外の国との出入国管理を厳しくするようになりました。
 こうした一方で、カナダは新たに2万5000人のシリア難民の受け入れを打ち出しています。すでに1万人が昨年末までに受け入れられ、残りは2月末までに到着の予定です。しかし、難民にイスラム過激派が紛れ込むことを警戒して、家族連れや女性を優先し、単身の男性は特別な事情を除いて除外しています。
シリア内戦と難民問題を考える 【日本と難民問題】
- シリア難民問題は対岸の火事ではない -
 日本にも難民認定を求めてやってくる人々がいます。2014年度は前年の3260人を上回る5000人が日本で難民申請を行いました。このうち政府が難民と認定したのは11人でした。このほか難民とは認定されませんが人道的な理由を配慮して在留を認められた人が110人います。
 日本の難民受け入れは他の先進国と比べてまだまだ少ないですが、かつて一度だけ大量の難民を受け入れたことがあります。70年代にベトナム、ラオス、カンボジアで起こった戦争から逃れたインドシナ難民を1万1319人受け入れました。
 シリア難民の問題は日本にとって決して対岸の火事ではありません。朝鮮半島で軍事的緊張が高まり、有事の際には対馬や五島列島をはじめ日本海沿岸に多くの難民の上陸が考えられます。
 また中国大陸に政変や大規模な騒乱が発生すれば大量の難民が日本を目指してやってくるでしょう。その時日本はどう対処すべきでしょうか。保護するのか、押し返すのか。難民の収容施設や食料、医療の提供から就労、教育、安全の確保など、国や自治体で難民受け入れに関しての論議が今こそ必要ではないでしょうか。

【難民と移民】
- 切羽詰まった難民、自由意思の移民 -
 難民と移民を混同して捉えられる場合がありますが、難民は戦乱や迫害を逃れてやむを得ず自国から脱出した人を指します。自分や家族の生命、安全に恐怖を抱き、やむを得ず他の地域や国外に避難する人たちです。
 一方の移民は、仕事や教育などより良い生活環境を求めて自由意思で国境を越えて移動する人たちのことで、自国に帰還でき特に危険はありません。
 国連で1951年に承認された難民の地位に関する条約(難民条約・145カ国以上が加盟)では、難民を「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人々」と定義しています。
 また難民の権利として、信教の自由や旅行の自由、勤労の権利、教育を受ける権利、身分証明書や旅券を発給してもらう権利などがあり、特に重要な権利として「迫害の恐れのある国に送還されない権利」があります。難民の受け入れ国は国際法で保障された保護を与える責任が生じます。
 これに対して移民は、ある場所から別の場所に生活(多くは仕事)のために一時的、または永久的に移動する人たちです。移民の権利として生きる権利、恣意的な拘禁や拷問を受けない権利、適切な生活水準の権利などがありますが、移民の受け入れ国は自国の法律に基づいて処遇することが認められています。
バナー
デジタル新聞

企画特集

注目の職業特集

  • 歯科技工士
    歯科技工士 歯科技工士はこんな人 歯の治療に使う義歯などを作ったり加工や修理な
  • 歯科衛生士
    歯科衛生士 歯科衛生士はこんな人 歯科医師の診療の補助や歯科保険指導をする仕事
  • 診療放射線技師
    診療放射線技師 診療放射線技師はこんな人 治療やレントゲン撮影など医療目的の放射線
  • 臨床工学技士
    臨床工学技士 臨床工学技士はこんな人 病院で使われる高度な医療機器の操作や点検・

[PR] イチオシ情報

媒体資料・広告掲載について