核兵器のない世界をめざして-核軍縮、核廃絶への歩みと課題【国際】

核兵器のない世界をめざして-核軍縮、核廃絶への歩みと課題


 今年5月、米国の現職大統領として初めて被爆地の広島を訪れたオバマ大統領は、「核兵器のない世界を目指そう」と訴えました。核廃絶は人類の悲願ですが、その歩みにはいくつもの障壁が立ちはだかっているようです。戦後の核軍縮の過程を辿りながら、理想と現実の谷間で「核なき世界」の実現に向けたさまざまな課題や問題点を考えてみました。

核兵器のない世界をめざして-核軍縮、核廃絶への歩みと課題 - 広島、長崎の原爆被災から71年 -
 1945年8月、広島と長崎に相次いで原子爆弾が投下され、この年の12月までにそれぞれ14万人、7万4000人が犠牲となりました。
核兵器の恐ろしさは、爆発の際に放出される大量の放射性物質が長期にわたって健康をむしばむ点にもあります。
 被爆後5年で、広島の犠牲者は約20万人、長崎の犠牲者は約14万人に増えました。その後も多くの被爆者が原爆の後遺症に苦しみました。被爆者健康手帳の所持者は現在もなお約18万人を数え、このうち約8700人が、ガンや心筋梗塞、甲状腺障害などの原爆症に認定されています。
 人類が広島と長崎で核の破壊力を目の当たりにして71年が経過しましたが、今なお世界は核の脅威と背中合わせの状態が続いています。

核兵器のない世界をめざして-核軍縮、核廃絶への歩みと課題 - プラハ演説で「核兵器のない世界」を訴える -
 オバマ大統領は今年5月にアメリカの現職大統領として初めて広島を訪れましたが、最初に「核兵器のない世界」を目標に掲げたのは、大統領就任間もない2009年4月にチェコのプラハで行った演説でした。
 この時オバマ大統領は、「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的な責任がある」として、「核兵器のない平和で安全な世界の実現を目指す」と訴えました。
 プラハ演説では①米露など核保有国の核弾頭の削減②核開発を進める北朝鮮などへの対応③原子力の民生利用の規制強化④核テロの防止の4つの課題を掲げました。この年の12月に、オバマ大統領はノーベル平和賞を受賞しています。
 翌10年4月にアメリカはロシアと新しい戦略兵器削減条約(新START)に調印し、大陸間弾道ミサイルなどの戦略核の配備数を2018年までに米露がそれぞれ1550発まで減らすことを義務付けました。
 その後2014年にロシアがクリミア半島を編入したウクライナ危機が発生し、米国とロシアは対立を深めて核軍縮の機運は急速にしぼんでしまいました。

核兵器のない世界をめざして-核軍縮、核廃絶への歩みと課題 - 停滞する米露の核軍縮と中国の核戦力増強 -
 米露の核軍縮が停滞する中で、中国は核戦力の増強を進めてきました。米ワシントンの民間研究機関である全米科学者連盟(FAS)によると、2010年時点で推定240発だった中国の核弾頭は現在260発に増えました。そして運搬手段である長距離弾道ミサイルや原子力潜水艦の近代化を進めています。
 北朝鮮も過去5回核実験を行っています。今年9月の5回目の実験では、初めて弾道ミサイルに搭載可能な核爆発に成功し、核爆弾の小型化、高性能化を進めています。
 さらにイスラム国(IS)などの過激派が核物質を取得して「汚い爆弾」を作る危険性が指摘され、核テロは最も差し迫った脅威となっています。
 今年3月に50カ国以上の首脳らが参加してワシントンで開かれた核安全保障サミット(核サミット)で、核テロ防止を「永続的な優先課題」とする声明が採択されました。
 核物質の管理強化を進めるオバマ大統領の方針に沿って、今年日本は茨城県東海村にある研究用のウランとプルトニウムを提供元の米国に返還しました。

核兵器のない世界をめざして-核軍縮、核廃絶への歩みと課題 - 世界で9カ国が1万5000発超の核弾頭を保有 -
 現在、世界にはどれだけの核兵器が存在するのでしょうか。米科学者連盟によると、核保有国は米国、ロシア、フランス、中国、英国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9カ国で、保有核弾頭の総数は1万5680発にのぼります。
 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)では、核保有9カ国の核弾頭総数は1万5853発と推計しています。ロシア(7300~7500発)、米国(6970~7260発)で全体の9割以上を占め、フランス(約300発)、中国(約260発)、イギリス(約215発)と続きます。
 中国に対抗するインドは100~120発、インドと対立するパキスタンが110~130発、イスラエルが約80発、北朝鮮約8発と推定されています。
 東西冷戦下では激しい核軍拡競争が繰り広げられ、最盛期には米国が約3万1000発(1967年)、ソ連が約4万5000発(1986年)もの核弾頭を保有していました。

核兵器のない世界をめざして-核軍縮、核廃絶への歩みと課題 - 70年に核拡散防止条約(NPT)が発効 -
 アメリカの広島、長崎への原爆投下に続いて、戦後間もない1949年にソ連が初の核実験を行いました。その後52年イギリス、60年フランス、そして64年に中国が核実験を行って核兵器は拡散していきました。
 核兵器の拡散を抑制するため、67年1月1日以前に核実験を行ったアメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国の5カ国を核保有国として限定し、それ以外の国の核の保有を禁止する核拡散防止条約(NPT)が70年に発効しました。 
 核拡散防止条約では、核保有国がそれ以外の国に核兵器を渡したり、核兵器の開発を援助することを禁じています。同時に非保有国に対する核の平和利用(原子力発電など)を保証しています。
 核拡散防止条約は95年に無期限延長となりましたが、98年に非加盟のインドとパキスタンが核実験を行って核保有国となり、2006年は北朝鮮が核実験を行っています。
 イスラエルは未加盟ですが核保有が確実視され、イランの核疑惑が取りざたされています。核拡散防止条約は無期限ですが、運用状況を検討するため5年に1度の再検討委員会がニューヨークの国連本部で開かれています。


- 91年米ソが第1次戦略兵器削減条約(START1)調印 -
 核拡散防止条約では核保有国に核軍縮を義務付けていますが、米国とソ連は東西冷戦下で際限ない核軍拡競争を繰り広げてきました。ピーク時の1986年には世界の核弾頭数は7万発を超えました。
 この年10月に、ペレストロイカ(政治改革)を進めていたソ連共産党のゴルバチョフ書記長と、アメリカのレーガン大統領との首脳会談が転機となって米ソが核軍縮に歩み出し、翌87年に中距離核戦力(INF)全廃条約が調印されました。
 91年7月に第1次戦略兵器削減条約(START1)が調印され、米ソは保有する戦略核弾頭数の上限を6000発とし、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル (SLBM) や爆撃機など戦略核の運搬手段の総計を1600に削減することとしました。   戦略核弾頭の削減は、2010年4月にアメリカとロシアが調印し、翌11年2月に発効した新戦略兵器削減条約(新START)に引き継がれています。


- 東西冷戦終結と共に新興国の核軍拡競争が始まる -
 こうした一方、ソ連が崩壊し東西の冷戦秩序が解体すると世界各地で地域紛争が多発し、核使用の危険性が増大しました。核兵器の拡散を抑えてきた核拡散防止条約の体制にもほころびが目立ってきました。核弾頭の数を増大している中国は核戦力の情報を開示していません。
 領有権争いを巡って対立するインドとパキスタンは核軍拡競争を演じており、2003年に核拡散防止条約を脱退した北朝鮮は5度にわたる核実験を強行して核保有を宣言しています。
 核疑惑のイランは、15年に欧米と核開発の大幅制限で合意しましたが核開発能力は温存されたままで、対立するサウジアラビアをはじめとした中東地域の核開発競争を招く火種となっています。


- 中東非核化を巡るNPTの再検討委員会が決裂 -
 昨年春、国連本部で開かれた5年に1度の核拡散防止条約の再検討会議は、イスラエルの核保有を弾劾する中東非核化構想にアメリカが反対して決裂しました。 
 核兵器の製造に不可欠な高濃縮ウランとプルトニウムの生産を禁止する兵器用核分裂物質生産停止条約(FMCT)も、93年の国連総会で交渉開始を求める決議が採択されましたが、20年以上を経た今も交渉開始には至っていません。
 すでに核兵器用核物質を大量に備蓄している米露英仏の4カ国は生産停止を宣言しているため、FMCTは中国、パキスタン、インド、イスラエルなどの核兵器生産を規制し、これから核保有を目指す国に歯止めをかけるのが狙いとみられます。
 新しく生産される核物質のみを禁止し、すでに備蓄されている核物質の廃棄には触れていないため、FMCTは先進核保有国だけが有利となる不平等性が指摘されています。


- 包括的核実験禁止条約は国連採択20年後も未発効 -
 また、宇宙や地下を含むあらゆる空間での核実験を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)が1996年9月に国連で採択され、現在183カ国が署名をして164カ国が批准(自国の国会で承認)しています。
 ただし発効には核保有国と、潜在的な核開発能力があるとされる44カ国の批准が必要です。しかし、米国、中国、エジプト、イラン、イスラエル(以上5カ国は署名済)、北朝鮮、インド、パキスタン(以上3カ国は未署名)の8カ国が未批准のためいまだ発効には至っていません。
 核軍縮を巡って核保有国と非核保有国の対立は激しく、核に固執する国々を「核兵器のない世界」に向かわせるには、人道や正義を求める国際世論と共に、安全保障に関する現実的な問題を一つひとつクリアすることが求められます。


「核廃絶を阻むもの」
- 核兵器を必要としない社会の実現を -
 今年8月6日の広島平和祈念式典の平和宣言で、広島市の松井一実市長は、「絶対悪である核兵器の廃絶に向けて各国が連帯して行動を起こすべきだ」と訴えました。しかし核を巡る世界の現実は厳しいものがあります。世界の核弾頭の9割を持つ米露間の核軍縮は停滞し、ロシアのプーチン大統領はウクライナ危機で「戦術核兵器の使用も考えた」と国際世論を威嚇する発言をしています。
 松井広島市長に代表される国際世論の多くは、「最優先されるべきは絶対悪である核兵器の廃絶であり、その結果世界の平和と安定が保証される」という考えに立っています。
 これに対して、米国やロシアをはじめ、核戦力の増強、近代化を推し進める中国やインド、パキスタン、北朝鮮などの核保有国に共通するのは、「先ず優先すべきは自国の安全保障であり、自国の安全を担保する核をどう管理し運用するか」という考えです。
 日本は唯一の核被爆国として、核兵器は非人道的で倫理的に許されるべきではないという観点から、核兵器のない世界の実現に向けて国際社会をリードしていく立場にあります。しかし一方では、自国の安全保障のために米国の「核の傘」への依存を余儀なくされている現実があります。
 今日、核保有国と非核保有国の対立が深まり、過激派組織による核テロが現実の脅威となっています。「国家の安全を保つためには核が不可欠だ」という考えの根底にある対立や緊張を直視し、その原因を少しずつ取り除いていく地道な努力を重ねることで、「核兵器を必要としない世界」の実現に国際社会が連携を強めることが求められます。
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