海外で働くという選択【国際】

海外で働くという選択


【日本企業のグローバル化と労働力の国際移動】
 日本人の若者が自らの意志で海外に渡り、現地で働く例が増えています。グローバル経済が発展する中で、日本人の若者が海外で働き、その経験を日本に持ち帰ることは、日本人の働き方を変化させる可能性を秘めています。海外で働く背景や、得られる経験、帰国後の問題などを調べてみました。

海外で働くという選択 - グローバル化と人の移動 -
 戦後、日本人の国際的な労働力移動は、最初はブラジルなど南米諸国への農業移民が中心でした。高度経済成長期(1954〜1973年)の日本では、国内の過剰人口を家族単位で海外に移住させる政策をとっていたからです。しかし、高度経済成長によって日本が豊かになると農業移民は中止され、これ以降、円高による日本企業の積極的な海外進出に牽引される形で、日本人の海外への労働力移動は多様化していきました。
 日本企業の海外進出と人の移動は、4つの段階を経て現在に至っています。第1段階は、総合商社の現地進出とそれに伴う駐在員の進出です。第2段階は、メーカー・製造業の現地進出による駐在員の進出です。駐在員の多くは家族を帯同して現地で数年間勤務しました。第3段階では、駐在員とその家族に商品やサービスを提供する企業(日本人向けビジネス)の経営者や、そうした企業で働く日本人の進出が求められました。さらに第4段階では、「クール・ジャパン」で知られる日本の文化やサービスを現地の人びとに提供する企業経営者や、そこで働く日本人が進出していきます。
 第1・第2段階では、日本企業が自社の人材を海外勤務に送り出しますが、第3段階以降では現地で働く人材は多様化し、留学生やワーキング・ホリデーでの渡航者、現地の人と結婚した人、バックパッカーなどが働く例も多くなっています。
 こうした国際的な労働力移動は日本にとどまりません。とくに1990年代半ば以降は、新興国・途上国から先進国への労働力移動が大きな流れとなり、メキシコ、中国、パキスタン、インドから、アメリカ、イタリア、カナダへの労働力移動が顕著になっています。その多くはサービス業や販売、単純労働などの非熟練労働に従事する人びとです。労働力移動の中でも、現地に留学して卒業後に職につく高学歴の専門職と単純・低賃金労働への二極分化が進んでいます。
海外で働くという選択 - 日本企業の海外進出と「現地採用者」の増加 -
 1980年代から本格化した日本企業の海外進出に伴い、現地で求められる日本人労働者の能力は多様化しています。日本企業が現地で業務を行うには、現地の人びととの円滑なコミュニケーションを行う仲介者のような人材が必要ですし、駐在員やその家族などが求めるさまざまなサービス(学校・小売店・サービス業など)を行う人材も求められます。
 このように現地の日本人向けサービス業や、駐在員の仕事を支える仕事に従事する日本人の多くは、日本から派遣されるのではなく、自らの意志で現地に渡り、現地で働きはじめた日本人です。現地に進出した日本企業に雇われる日本人を「現地採用者」と呼んでいます。
 なぜ現地採用者なのかといえば、日本から企業が人を派遣して現地で働かせるよりも、人件費が大幅に削減できるからです。現地採用者の賃金は、「現地」の人々の平均賃金と同等か少し良い程度で、日本と同等の賃金が支払われる駐在員よりもはるかに安くなっています。そのため、現地採用者が日本本国に転勤して日本と同等の賃金を得る例はほとんどありません。
 現地採用者が目立ちはじめたのは、バブル経済が崩壊したのちの1990年代半ばからのことで、最初は香港に渡って現地採用者として働く女性たちの動きにメディアの注目が集まりました。
海外で働くという選択 - 「オフショア化」と現地採用者の増加 -
 1990年代後半からは、IT技術の発達により、日本企業が自社の業務の一部を人件費の安い中国や東南アジアに移管する「オフショア化」が始まり、ますます日本人の現地採用者が増えました。総務・経理、ソフトウェア開発、データの入力・管理、コールセンター業務などのオフショア化が加速し、近年ではさらなるコスト削減を目的に、中国やインドと比べてより人件費の安いベトナムやミャンマーにも進出しています。
 日本人向けのコールセンターでは、日本人のオペレーターが日本からの電話に対応しています。またデータ入力業務でも、現地の労働者が入力した日本語データをチェックする日本人が必要です。さらに、日本の企業とオフショア企業の間のやりとりを円滑に進めるために日本人は欠かせません。オフショア企業で働く日本人現地採用者は、学歴や専門性よりも、日本人であること=日本語を読み書き、そして話せることが最優先されているといえます。
 外務省の「海外在留邦人数調査統計」の推計によれば、1994年の時点で全世界の日本人就労者数がおよそ12万人(うち駐在員11万人)であったのに対し、2013年には28万人(うち駐在員20万人)を超えています。このうち、サービス業やオフショア企業で働く現地採用者の数は、1994年の時点では約1万人だったのが、2013年には8万人にまで増加していると推測できます。 
 在留日本人には、永住者と3ヶ月以上の長期滞在者の区別があり、駐在員や現地採用者などは、3ヶ月以上の長期滞在者に含まれます。歴史的に日本人移民の多いブラジルなど南アメリカ諸国では、在留日本人の9割近くが永住しており、アメリカ、カナダでは在留日本人の半数程度が永住者となっています。それに対して中国・台湾・東南アジアなどでは、永住者の比率は1割程度にすぎず、ほとんどの日本人がビジネス目的で在留しているといえます。
 都市別の在留日本人数の推移を見ると、金融や研究開発の拠点が集積するシンガポールや、日本の製造業やオフショア企業が集積するバンコクなどに日本人が集中しています。2000年代に在留日本人数が急増した上海は、現地の賃金の上昇や日中関係の悪化から、10年代以降は減少傾向に転じています。
海外で働くという選択 - 若者が海外を目指すわけ -
 なぜ若者が海外での就職を選択するようになったのでしょうか。海外移住によって得られる「何か」を求めて海外に渡ろうとするのは先進国の若者に共通する傾向です。それ以上に日本の場合は、1990年代半ば以降に進んだ雇用の非正規化と若者の失業率の上昇が、若者の海外就職に大きく影響しています。
 高度経済成長期の日本では、欧米で失業率が10%を超えていても、日本では3%程度だったように、世界でも失業率が非常に低い国でした。しかし、バブル経済が崩壊した1993年から、「就職氷河期」と呼ばれた就職難で若者の失業率が他の世代と比べて著しく上昇しました。しかも景気の悪化により、学校卒業後に正規雇用の職場に入るという標準的コースは狭まり、1985年に公布された労働者派遣法のもとで、正規雇用よりも低賃金の派遣労働に従事せざるを得ない若者が増えました。 2004年の労働者派遣法の改正で、産業界の強い要望によって工場など製造業での派遣労働が実現すると、製造現場での正規雇用の機会は激減して、ますます派遣労働(非正規雇用)への置き換えが進みます。こうして急増した派遣労働者は、2008年の世界金融危機(リーマンショック)による不況で一斉に解雇されました。グラフで08年から09年にかけて100万人近くの派遣労働者数が減っているのはこのためです。しかも、日本人の平均給与はこの20年で8%減少して、今や世界の先進国で給与が上がらないどころか下がり続けるのは日本だけとなっています。
 とくに、一度非正規雇用になってしまうと正規雇用に戻りにくいように、人生の再チャレンジや多様なキャリア形成を許容しない日本の働き方は、日本特有の新卒一括採用で就職できなかった人を排除してしまいます。このような「生きづらさ」に加え、正規雇用の機会に恵まれないうえ賃金も安く、「ブラック企業」や「ブラックバイト」が象徴する劣悪な職場環境や人間関係、また日本での生活費の高さなどに閉塞感を抱いた一部の若者は、自らの意志で海外に渡り、海外で職を見つけるようになりました。このような若者の多くが、現地採用者として海外で日本企業の活動を支えています。
 現地採用は、語学の習得などによるキャリアアップも望めますが、そのためには個人のたゆみない努力が必要不可欠です。帰国後に日本企業に正規雇用される例はあまりないため、海外に残って個人で起業する人も増えています。
海外で働くという選択 - 海外で働くために必要なこと -
 海外で働くには、現地に居住あるいは長期滞在して働くための就労ビザを取得する必要があります。このほか、日本とワーキングホリデー協定を締結している26カ国(2020年現在)では、原則として18歳から30歳までの若者が現地で働くとともに異文化生活を経験できます。しかし、ワーキングホリデーでの就労の場合、現地での日本人向けサービス業(飲食店など)で働く例が多く、必ずしも異文化の理解や外国語の習得につながらないという問題点も指摘されています。
 また、どの国も自国の雇用を守るために厳しい基準を設けており、従事できる仕事にも制約があります。日本では、2019年の時点で約146万人の外国人が働いており、全就業者の2・2%近くを占めています。人手不足が深刻な建設業・製造業・農業などに従事する例がほとんどで、事務職などで働く外国人は増えていません。また、留学生としてビザを取得して日本に来ている外国人は、週28時間までの就労しか認められていません。
 現地採用者として日系企業の現地法人で働く日本人の多くは、人材派遣会社を介して職についています。人材派遣会社が日本国内で開催する海外就職セミナーに参加したり、人材派遣会社のウェブサイトから採用情報を手に入れるなどして、直接日系企業に応募するか、人材派遣会社を経由して応募し、現地あるいは日本で面接を受け採用されるというのが一般的な方法です。
 学生として現地に留学したのち、そのまま現地で職に就くことも可能です。アメリカでは、学生ビザで滞在している学生が留学中に学んだ専門分野に関わる職種で1年間だけ働くことができる「OPT」という制度があり、事実上の長期インターンシップとなっています。このシステムで働き、仕事ぶりを認めてもらって就労ビザに切り替えて働くという道もあります。
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