1秒の長さはこうして決まる【科学】

私たちは片時も時間を忘れて生活することはできません。高度に複雑化した現代社会は分刻み、秒単位で目まぐるしく動いています。「時は金なり」とよくいわれますが、人々は社会のあらゆる場面で早さを競い、スピードが新たな価値を生み出しています。
時間とは一体どのようなものでしょうか。そもそも時間の長さはどうして決まるのでしょうか。改めて時間について考えてみました。

時間に追われる現代人は、日に何度となく時計を見て時間を確認します。時間は人が生活する上で、なくてはならない万国共通の約束事だといえます。
私たちは日常生活を通じて時間を感覚的に理解していますが、改めて「時間とはどのようなものですか」と聞かれるとなかなか答えに苦しみます。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「時間とは、物事が運動によって変化することで知ることができる」といっています。時間は物体が変化することで認識されると考えました。
例えば、ローソクに火を点けると、時間が経つにつれてローソクは短くなっていきます。ローソクが短くなることで時間の経過が分かるのです。
- 時が経てば物事は変化する。時間と空間は密接に関係する -
四季の移り変わりや生き物の成長、周りで何かが動いたり、変化を見たり聞いたりすることで、時間の経過や時の流れを実感できます。
光も音もない真っ暗闇を想像してみてください。周りの空間に何の変化もなく、何の動きもなければ時間を認識することはできません。
時間と空間はお互いが密接な関係にあることが分かります。いま、私たちが存在する〝位置〟は、時間と空間が交差する点で特定されます。
西暦2013年6月という時間軸のある時点と、銀河系宇宙・太陽系第3惑星の地球・日本列島という三次元空間のある地点が交錯するところに『存在する』のです。
- 地球の自転の長さは1日、太陽の周りを回る公転周期は1年 -
人類は正確に時を計ろうとたゆまぬ努力を重ねてきました。古代エジプトでは石で作った高いモニュメントを立て、太陽の影の動きで時間を知ろうとしました。
また、16世紀にガリレオは、振り子が一定の周期で揺れることを発見して振り子時計を考えつきました。
大昔から人々は、日の出から日の入りまでの太陽の見かけの動きを1日としてきました。現在でいうところの地球の自転です。
夏至や冬至に代表されるように、太陽の見かけの高度がある周期で変化することを知った古代人は、この周期を1年としました。地球が太陽の周りを回る公転周期です。
そして、月が満ち欠けする見かけの周期を1ヶ月とする太陰暦も生まれました。
エジプトやメソポタミア、中国などの古代文明では、1日を12分割あるいは24分割して、さらに細かい時間の単位を生み出していきました。
- 時間の長さを決めるには基準となる安定した物差しが必要 -
ビッグバンで宇宙が誕生して137億年が経ち、太陽系や地球が生まれて46億年が経過しました。気の遠くなるような時間ですが、一体時間の長さは何を根拠にしているのでしょうか。
私たちは感覚的に、1秒を「カチ」という時間の長さで把握します。60秒で1分、60分で1時間。24時間で1日ですが、私たちは生活経験の中から、おおよその時間の長さを認識することができます。
現在、時間の単位は1秒を基本としていますが、時を正確に計るには時間の長さの基準となる正確で安定した物差しが必要です。
- 地球の自転を基本とした1秒の長さは1日の8万6400分の1 -
人類は地球が自転して、見かけ上太陽が地球を1周する時間を1日(太陽日といいます)と数えてきました。
その1日を24分割して1時間(太陽時といいます)という長さの時間単位を生み出しました。
さらに、1時間を60分割して1分とし、再び60で割って1秒としました。
時間の長さの基本を、地球の自転周期である1日に求めたのです。このときの時間の最小単位である1秒の長さは、1日の8万6400分の1でした。
- 公転周期が基本の時間の1秒は1年の約3155万7千分の1 -
人類は長い間、地球の自転周期は一定だと考えていました。ところが19世紀から20世紀にかけて、観測技術の発達で地球の自転は必ずしも安定したものでなく、時間の長さを割り出す基本とするには不的確ということになりました。
1955年の天文学の国際会議で、地球の自転(太陽日)から割り出した「1秒の長さ」を廃止して、地球が太陽の周りを回る公転周期(太陽年)から割り出した1秒の長さを基準にしました。地球の自転よりも安定した公転周期を時間の基本としたのでした。
これを受けて1956年にパリで開かれた国際度量衡委員会で、時間の基本単位である秒の国際的な定義は、「太陽年(1年)の3155万6925・9747分の1」と決まりました。

整理しますと、1秒の定義は1956年までは地球が自転する時間(1日)の8万6400分の1でした。1956年からは、地球が太陽の周りを回る公転周期(1年)の約3155万6925分の1となりました。
その後、時間の長さを計る物差しは非常に安定した周期をもつ原子の振動にとって代わりました。時間の計測はこれまでの天体運動から、原子の振動という物理現象に基づくようになったのです。
原子には、固有の振動数を持つ光や電磁波を吸収して放射する性質があります。その電磁波の振動数(周波数)は、原子の種類によって厳密に決まっています。
国際度量衡委員会は1967年、原子のなかでも特に周波数が安定しているといわれるセシウム原子(正確にはセシウム133)を時間の長さを計る物差しと決めました。
- セシウム原子時計は約91億9000万分の1秒の単位で計測 -
現在1秒の長さは、セシウム原子(セシウム133)の振動現象に基づいています。
セシウム原子は、マイクロ波とよばれる周波数の電磁波を吸収・放射しますが、この電磁波の振動が91億9263万1770回した時を1秒と定義しています。
この振動現象を活用した「セシウム原子時計」は、約91億9000万分の1秒までのごくわずかな時間を計ることができます。その誤差は、理論的に1億年に1秒(10の15乗)以内といわれていますが、現実的には約3000万年に1秒の誤差が出るとされます。これは、セシウム原子の熱運動や他の原子との相互作用などによって、吸収するマイクロ波の振動数が変化するためです。
この精度の限界を超えるものとして、今注目を集めているが光格子時計です。

光格子時計とは、セシウム原子のマイクロ波の周波数よりも約10万倍高い、光領域の周波数を利用した次世代の時計です。
約100万個の原子を複数のレーザ光によって、真空中の光格子(光の入れもの)の中に巧みに捕捉します。
そこに封じ込められた多数の原子が、従来の電子時計に比べてはるかに多い信号を発生し、時間を計る精度をさらに大きく向上させます。
2001年に東京大学大学院の香取秀俊教授が、セシウム原子の4万6000倍の周波数のストロンチウム原子を用いた「ストロンチウム光格子時計」を世界に先駆けて提案しました。そして2006年に、計測単位の国際基準を決めるメートル条約関連会議で、次の世界標準時計の候補に採択されました。

2009年には産業技術総合研究所が、セシウム原子の周波数の5万6000倍のイッテルビウム原子を用いた「イッテルビウム原子時計」を開発しました。その後、改良を加えて2012年に次期世界標準時計の候補に採択されました。
「イッテルビウム光格子時計」は、原理的には宇宙の誕生から現在まで137億年間動かしても誤差は1秒以内だといわれます。
光格子時計は、超精密な時を刻むだけでなく、材料の経年変化や熱膨張、構造物の歪みといったごくわずかな差異や変化を極めて正確に測定することができます。
また、これまで知ることのできなかった電磁場や重力場による時間の進み方への影響の観察など、科学理論の実証や基礎研究の発展に期待が集まります。

- 資源探査や地震予知、物理定数の検証などに大きな期待 -
アインシュタインの特殊相対性理論によると、観測者から遠ざかるように移動する時計は、観測者に対して静止している時計よりも進み方が遅くなります。
地球の周りを秒速8㎞で回っている国際宇宙ステーションは、年間0・01秒程度時間が遅れているそうです。
カーナビや携帯ナビでお馴染みの全地球測位システム(GPS)は、原子時計を搭載したGPS衛星が地球上に正確な時間を伝達して地上の正確な位置を測定しています。
一般相対性理論では、重力によって時間の進み方は変化し、重力が大きいほど時間はゆっくり進みます。究極の光格子時計が実現すると、重力による空間のひずみを時間の進み方の差としてリアルタイムに読み取ことができるといわれます。これによって、地下資源の探索や地殻変動の検知、地震予知などの応用研究に役立つことでしょう。
さらに、高精度な重力場測定センサーの開発やGPSの高い精密補正のほか、相対性理論や物理定数の検証といった、科学技術の根幹を支える理論の実証も可能になると期待されています。