歴史研究で注目を集める水中考古学【歴史】

歴史研究で注目を集める水中考古学


 世界の海底には昔の沈没船や、地震災害などで沈んだ海底都市が今も手つかずの状態で多く残されています。海底に眠るさまざまな遺跡から歴史を調査研究するのが水中考古学です。自然の風化や戦乱、盗掘などで壊されることが多い陸上の遺跡に比べて、厚い水の層に守られた水中遺跡はほぼ原形をとどめて当時の面影を伺うことができます。長い沈黙を保って海底に眠り続けてきたこれらの遺跡は、何を語ろうとしているのでしょうか。

歴史研究で注目を集める水中考古学 - 世紀の水中遺跡発見、クレオパトラの宮殿 -
 水中に眠る古代遺跡の中でも文句なしに世紀の大発見といわれるのが、1996年にエジプトのアレクサンドリア港内の海底で見つかったエジプトの女王・クレオパトラの宮殿です。陸上のトロイの遺跡やツタンカーメンの王墓に匹敵する発見だといわれます。
 アレクサンドリアは約2300年前にマケドニアのアレクサンダー大王が植民を開始し、エジプト・プトレマイオス王朝(BC305年頃〜同30年)の首都になりました。しかし、5世紀に起きた大地震で水没し、「幻の都」といわれてきました。
 フランスの考古学者フランク・ゴディオ氏率いるフランス・エジプト合同調査隊が、1992年から調査を開始して「幻の都」を発見しました。アレクサンドリア港内の海底からは、世界七不思議の一つ「ファロス大灯台」の建造物や、クレオパトラの父と息子の2体のスフィンクスなど数千点の遺跡が見つかっています。
 遺跡は海底にそのまま保存され、2001年から一般観光客が遺跡を潜水見学することができます。
歴史研究で注目を集める水中考古学 - 難破船から古代エジプト王朝の栄華を知る -
 水中考古学の歴史は新しく、水中考古学の父と呼ばれるジョージ・バス博士が1960年に、トルコのゲリドニア岬で青銅器時代の難破船を発掘したのが始まりとされます。その後、バス博士はテキサスA&M大学と共に、約3300年前に沈んだ交易船「ウル・ブルン難破船」の発掘調査を行いました。
 ウル・ブルン難破船はトルコの南西部ウル・ブルンの海底で1982年に発見されました。古代エジプトのツタンカーメン王への荷物を積んでいた交易船で、ジョージ・バス博士らは84年から94年にかけて積荷の山を発掘しました。
 船には10トン余りの銅をはじめ、大量の壺に混じってエジプトの黄金のスカラベ(コガネムシの形をしたお守り)、バルト海からの琥珀、アフリカ産の黒檀、象牙、カバの歯、イタリア製の剣、ミュケナイ地方の陶器など豪華な交易品が満載され、栄華を極めた古代エジプト第18王朝ツタンカーメン王時代の威勢を見て取ることができます。

- 日本の沈没船発掘は江差湾の「開陽丸」が始まり -
 ユネスコの試算によりますと、世界の海には約300万隻の沈没船が眠っているといわれます。海に囲まれた日本の周りにも、まだ日の目を見ていない遣唐使船や御朱印船、南蛮船など多くの歴史的な沈没船が埋もれていると見られます。
 日本の沈没船調査は1974年に北海道の江差湾で始まりました。幕末の函館戦争の際に江差湾で沈没した開陽丸の発掘調査です。開陽丸は1866年にオランダで建造され、150日を要して日本に回航された徳川幕府所有の最新鋭の軍艦でした。
 江戸城開城後、あくまで新政府に抵抗する旧幕臣の榎本武揚らが1868年10月に開陽丸を奪って江戸を出帆、函館に向かいました。同年11月に函館に入港した後、開陽丸は江差攻略に向かう土方歳三らの陸上部隊の支援に行きます。この時、江差湾で暴風雪に見舞われて座礁し沈没しました。 
 開陽丸の発掘調査では、これまでに大砲5門、砲弾2500発をはじめ、医療品や食器など約3万3000点もの遺品が引き揚げられました。
歴史研究で注目を集める水中考古学 - 長崎県の鷹島周辺で2隻の元寇船を発見 -
 九州北西部の伊万里湾に浮かぶ鷹島(長崎県松浦市)周辺で、鎌倉時代に蒙古から襲来した元寇船が、2011年10月と14年10月に立て続けに2隻が発見されました。
 現場は水深14〜20メートルの海底で、音波探査による調査で長さ12メートル、幅3メートルの船体の一部を確認し、12〜13世紀の中国産の陶磁器が船内や周辺で見つかり、元寇の際の沈没船と確定されました。
 さらに、元寇の戦いを描いた「蒙古襲来絵詞」に登場する炸裂弾(てつはう)が出土しました。直径約15センチの球状で、内部に小さな鉄片が詰まったものがあり、最近の調査で極めて殺傷能力の強い散弾式武器であることが分かりました。
 元寇船が発見された鷹島沖の周辺海域38万平方メートルを「鷹島神崎遺跡」として、水中遺跡で初めて国史跡に指定されました。現在も他に沈没船や武具などが眠っているとみて海底探査が続けられています。

- 和歌山沖でオスマン帝国の軍艦を発掘調査 -
 2007年1月にトルコとアメリカの調査団が、和歌山県串本町大島の樫野崎灯台付近で難破したオスマン帝国の軍艦「エルトゥールル号」を発掘調査し、8000点近い遺物が引き揚げられました。
 エルトゥールル号は、1890年(明治23年)に親善使節団として日本を訪れました。明治天皇への表敬を果たしての帰途、熊野灘で暴風雨に遭遇して難破し、オスマン・パシャ司令官以下将兵ら580人以上が死亡しました。
 このとき地元串本町の漁民たちが必死の救援活動を行い、69人の乗組員を救助して母国へ生還させました。この美談をもとに2015年に日本とトルコの合作映画「海難1890」が製作されて話題を集めました。トルコは大の親日国家として知られています。
 引き揚げられた遺物は多彩で、トルコ皇帝への献上物として購入されたとみられる貴重な「横浜磁気」の絵皿をはじめ、貨幣やパイプ、香水瓶、ランタンやコーヒーミルなど往時を偲ばせる貴重な発見となりました。

- 琵琶湖で水没した長浜城下の建物遺跡発見 -
 日本最大の湖、琵琶湖の底には100余りの水中遺跡が眠っているといわれます。2014年8月に滋賀県長浜市の沖合約100メートル、水深1.8メートルの湖底で、江戸時代後期に水没したと見られる長浜城下の建物跡が確認されました。滋賀県立大学の学生らが、12年夏から潜水調査を行って発見したものです。
 湖底に立ったままの8本の木製の柱(直径約17〜20センチ、高さ約46〜66センチ)と、その周辺に建物の基礎部分としてこぶし大の石が直径約8メートルの範囲で円形に積み上げられていました。19世紀初頭に建てられた鎮守社とみられ、建物跡の水中遺跡の発見は日本で初めてです。
 また、1924年には湖北の葛籠(つづら)尾崎から東へ600〜700メートルの湖底谷から地元の漁師が縄文・弥生土器を引き揚げ、その後も縄文時代から平安時代まで8000年もの長い時代幅を持つ土器が出土して専門家の注目を集めています。

- 動き出した日本の水中考古学研究 -
 水中考古学が産声を上げて半世紀余り、日本ではなじみの薄かった研究分野ですが、2007年の海洋基本法の成立や、09年のユネスコの水中文化遺産保護条例に後押しされて、近年ようやく注目を集めるようになりました。
 しかし、文化庁が13年に公表した埋蔵文化財統計によりますと、日本に約46万カ所ある埋蔵文化財のうち水中遺跡は521カ所にとどまっています。
 陸上の文化財は文化財保護法で手厚く保護され、多くの自治体は専門の職員を置いて対応していますが、水中遺跡は実質的にこうした枠外に置かれてきました。
 海外からの立ち遅れを危惧する声が高まり、文化庁は13年に「水中遺跡調査検討委員会」を発足して、水中遺跡調査の体制作りを進めています。
 東京海洋大学が09年4月から大学院に海洋考古学講座を開設したのに続いて、東海大学が海洋文明学科内に海洋考古学の科目を設けるなど、専門的に水中考古学を学べる大学が登場しています。
歴史研究で注目を集める水中考古学 - 「ユネスコ水中文化遺産保護条約」 遺物の原位置保存と商業利用の禁止を明記 -
 謎のアトランティス伝説や海に沈んだ古代都市、時代を封じ込めた歴史的な沈没船の発見は、私たちのロマンや探究心をかき立てます。これまで水中遺跡や沈没船の多くは歴史遺産を求めて世界を駆け巡るトレジャーハンター(宝探し)によって発見されてきました。
 しかし水中遺跡が破壊されたり、頻発する濫掘や文化遺産の売買、さらに引き揚げられた財宝の所有権を巡る国際トラブルの多発などから、2001年に国際記念物会議憲章に基づいてユネスコが起草した「水中文化遺産の保護に関する条約」が制定され、09年1月に発効しました。
 水中文化遺産保護条約では、水中文化遺産は人類の存在のすべての痕跡であり、定期的あるいは恒常的に少なくとも100年間水中にあったものと規定しています。また「遺物の原位置保存」と「商業利用の禁止」の2つの原則を明記しています。
 2015年末時点で世界54カ国が批准(国会で承認)していますが、日本やアメリカ、イギリス、中国などは、海洋資源などの領有域を示す排他的経済水域の管轄権を巡って疑義を唱え批准していません。
 ただ水中文化遺産保護条約を批准していない国も、条約の価値や原理を尊重する環境が整いつつあります。欧米諸国をはじめ中国、韓国、ベトナムなどでは海の文化資源の保護や管理の拠点として、国立の水中考古学博物館や海事博物館の設立が相次いでいます。
歴史研究で注目を集める水中考古学 - 「遺跡調査で活躍する水中探査機」 水中ロボットがタイタニック号を詳細調査 -
 水中考古学は湖底や海底に埋もれた遺跡を対象としていますが、水中ならではの発掘調査の難しさがあります。例えば潜水病のリスクを避けるため潜水時間は20分程度とされ、潮流や天候にも大きく左右されます。また引き揚げた遺物の保存は細心の注意が必要です。 
 このため沈没船や海に沈んだ海底遺跡の発掘調査には無人探査機が活躍しています。広範囲な海域での水中文化遺産の探査には、「サイドスキャンソナー」や「マルチビームソサー」と呼ばれる音響探査機が用いられます。調査船で曳航したり船体に固定して海底面に向けて音波を扇状に発信し、反射強度による音響画像から水中遺物を探します。そして撮影機材を搭載した遠隔操作水中ロボット(ROV)や自立型水中ロボット(AUV)が、詳細調査に威力を発揮します。
 カナダのニューファンドランド島沖で1912年4月に沈没したタイタニック号が、1986年9月に米国ウッズホール海洋研究所のロバート・バラード博士らによって発見されました。この発見では有人潜水艇と遠隔操縦の小型水中ロボットが活躍し、大西洋の4000メートルの深海に沈むタイタニック号をくまなく調査しました。
 また2015年3月には米国の資産家のポール・アレン氏が無人探査機を使って、太平洋戦争中に米軍機によって撃沈された戦艦「武蔵」を、フィリピン中部の深さ約1000メートルのシブヤン海底で発見しました。「武蔵」発見の様子はインターネットで中継されました。
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