公文書管理法とアーカイブズの未来【歴史】

公文書管理法とアーカイブズの未来


【人びとの営みを「歴史」にする意味】
 ずさんな公文書管理を受け、法制化をめざした公文書管理法の施行(2011年4月)から間もなく8年になります。施行後も、森友学園への国有地売却に関する公文書の廃棄など問題は続き、公文書管理法の不備も指摘されています。公文書など、人びとの社会的営みの記録を長く後世に伝える意義について考えてみました。

公文書管理法とアーカイブズの未来 【公文書管理の過去・現在・未来】

- 行政の根幹をなす「文書主義」 -
 日本の行政は、すべての施策を口頭での指示ではなく、文書での指示によって実行しています。「文書主義」と呼ばれるこの原則のもと、各行政機関は意志決定に至る過程、事務・事業の実績を合理的に跡付け、または検証できるように文書を作成しています。701年に制定された大宝律令で、当時の先進国・唐をまねた文書主義に基づく行政システムを導入して以降、日本では多くの文書が作成されてきました。
 明治政府は、江戸幕府から受け継いだ文書の保全に加え、全国に散在する文書の保存事業を実施します。1888年に制定された「内務省文書保存規則」は、保存年限(永久・20年・5年・1年)や秘密文書の規定を取り決め、これに従って戦前の日本の行政機関は文書の保存を行いました。しかし、1945年8月の日本の敗戦前後、各省庁は戦争責任の追及から逃れるためにさまざまな文書を焼却処分してしまいました。
 戦後の文書管理は、1984年に制定された「国家行政組織法」に基づき、各省庁の自由裁量に任されましたが、ほとんどの省庁で保存期間満了後の文書は廃棄されることになります。

- 公文書管理法制定への道 -
 2007年5月、国会での社会保険庁改革関連法案の審議中、社会保険庁が管理する年金納付記録の不備が発覚して、日本の行政への信頼は根幹から揺らぎました。5000万件以上の持ち主不明の年金納付記録が手つかずのまま放置されていたために、年金保険料を支払ってきたのに年金納付記録の不備のため年金が支給されないという問題が生じたのです。
 この問題をきっかけに、公文書管理のあり方がはじめて問題化します。それまで省庁ごとにばらばらだった公文書管理の方法を一本化するため、公文書管理制度に関心のあった当時の福田康夫首相が公文書管理法の制定を強く推進しました。
 公文書管理法の前提となった「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」の最終報告書(2008年11月)では、公文書を「国の活動や歴史的事実の正確な記録」であり「民主主義の根幹を支える基本的インフラ」と定義し、その意義を「過去・歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産」であるとしています。 これに基づき国会に提出された公文書管理法案は全会一致で可決され、2011年7月1日に公布、2013年4月1日に施行されました。
 行政機関での公文書管理を義務化した公文書管理法の施行は、諸外国と比べて遅れている情報公開=国民の「知る」権利の拡大にも寄与しています。2001年4月1日施行の情報公開法に基づいて公文書の開示を請求しても、各省庁は「文書不存在」を理由に非公開とする例が多かったからです。
公文書管理法とアーカイブズの未来 - 公文書管理の流れ「文書のライフサイクル」 -
 公文書管理法の適用対象となる機関は、①国のすべての行政機関、②独立行政法人、③国や独立行政法人から歴史公文書(歴史資料として重要な公文書その他の文書)の移管を受ける施設(国立公文書館など)です。また、公文書管理法による管理の対象となる文書は、①行政機関の文書(行政文書)、②独立行政法人の文書(法人文書)、③移管された歴史公文書(特定歴史公文書)で、この3つを総称して「公文書」と定義しています。
 行政文書を例に、公文書管理法による管理の流れを見ておきましょう。公文書管理法は、行政文書の管理について、①作成、②整理、③保存、④行政文書ファイル管理簿への記載・公表、⑤保存期間満了後の国立公文書館等への移管又は廃棄、⑥行政文書の管理状況の報告等、⑦行政文書管理規則等を定めています。
 各行政機関では、法令の起草など事業の遂行に際して、内部での意思決定のプロセスを記録するとともに、事業の実績を検証できるようにするため、文書の「作成」を行います。その文書を分類して名前を付け、文書の内容に応じて保存期間(30年・10年・5年・3年・1年など)を決めるとともに、場合によっては関連する文書類をまとめたファイル(行政文書ファイル)を作成する「整理」を経て、各省庁内の書庫や書棚に行政文書ファイルを種類別・年度別に「保存」しています。
 文書および行政文書ファイルは、分類、名称、保存期間、保存期間の満了する日、保存期間が満了したときの措置(移管又は廃棄)及び保存場所その他の必要な事項を「行政文書ファイル管理簿」に記載しなければなりません。行政文書ファイル管理簿は、各省庁での閲覧が可能となっており、インターネットでも検索できるようになっています。
 保存期間が満了した文書および行政文書ファイルは、保存期間延長の措置がとられて引き続き各省庁で保存されるもの、国立公文書館などに「移管」されて半永久的に保管される歴史的価値のある文書(歴史公文書)を除いて廃棄処分されます。
 この作成・整理・保存・移管あるいは廃棄の一連の流れを「文書のライフサイクル」と呼んでおり、日本工業規格(JIS)は、「文書の寿命特性、又は文書を作成、登録、利用、保管・保存及び廃棄する一連のプロセスの全期間」と定義しています。「文書のライフサイクル」に即した文書管理は、行政機関だけではなく一般企業でも重視されています。

- 公文書管理法の成果と課題 -
 2016年度末の時点で政府が保有する行政文書ファイルは1840万ファイルあります。うち275万ファイルは2016年度末に保存期間が満了しており、そのなかで歴史公文書として公文書館に移管することになったのは約1万ファイルに過ぎません。日本の公文書の移管率は0.4%前後と、諸外国の平均移管率2~3%と比べて著しく低くなっています。
 移管率が低い要因に、移管あるいは廃棄の判断が各省庁に任されていることが関係しています。本来は国立公文書館などが、各省庁の廃棄予定文書のうち歴史的に重要な文書を選別して、それらの公文書館への移管を働きかけるとされていますが、国立公文書館の専門職員不足のため十分に機能していません。
 また、省庁によっては、国民に知られると都合の悪い文書を隠すために、インターネットの検索にかかりづらい抽象的な名前を行政文書ファイルにつけて検索を回避しようとした例や、保存期間が1年以内に設定された文書は行政文書ファイル管理簿に記載しなくてもよいことを利用して、文書の公開を避ける例もあります。
公文書管理法とアーカイブズの未来 【アーカイブズ拡充への期待と課題】

- アーカイブズの定義 -
 アーカイブズ(archives)とは、組織または個人がその活動にともなって作成・収受・蓄積した記録のうち、利用価値がある重要な記録を将来のために保存する施設を指すとともに、保存される記録(資料)そのものも指します。近代的なアーカイブズの起源は、フランス革命による旧体制の政府記録の散逸を防ぐため1794年に設置されたフランス国立中央文書館です。公文書管理法に即していえば、国立公文書館が施設としてのアーカイブズであり、国立公文書館に所蔵される記録が資料としてのアーカイブズとなります。
 地方自治体や大学・企業でも、独自のアーカイブズの設置が進んでいます。各地の自治体がもつ公文書館・文書館をはじめ、大学や各種学校も学校の歴史を刻むアーカイブズの拡充に努めています。文書だけではなく、旗やバッジ、ポスター、制服・衣服なども重要なアーカイブズであり、各地で地道な収集・保存が続けられています。
 世界最大規模のアーカイブズが、アメリカ国立公文書記録管理局(NARA)です。アメリカ政府の公文書だけで40億枚、映画フィルムや動画などの映像資料、電子メディアなども所蔵するNARAには、近現代の日本の歴史を知るうえで重要な日本関係資料も多く所蔵されています。
公文書管理法とアーカイブズの未来 - 外交記録と外務省外交史料館 -
 日本の公文書のうち最も網羅的な文書管理と公開を実現しているのは、外務省の外交記録です。各国との交渉記録、外務省と大使館の連絡記録などからなる外交記録を整理する重要性について、外務大臣を務めた石井菊次郎(1915~16年在任)は「外交の勝敗を決する」とまで語っています。
 外務省は、1936年以降、主要な文書を整理・編さんした『日本外交文書』も刊行するなど、戦前から公文書の公開には前向きな立場をとり、1976年以降は、作成後30年が経過した外交文書の一部公開をはじめました。しかし、開示判断が外務省に任されたことで重要文書の多くが公開されなかったため、民主党政権下の2010年に、作成後30年を経過した外交文書を、原則として自動的に公開する制度が導入されています。例外的に非公開となるのは、個人情報に抵触する場合、国家の安全を損なう場合、他国や国際機関との信頼が損なわれたり、外交交渉に不利になる場合などとされています。
 幕末から敗戦までの外交文書および公文書管理法に基づく「歴史的文書」は、1971年に開館した外交史料館で閲覧・複写することができます。
公文書管理法とアーカイブズの未来 - アジア歴史資料センターの拡充 -
 アジア歴史資料センターは、インターネットを通じて、国の機関が保管する近現代の日本とアジア諸国との関係に関わる歴史資料を提供する電子資料センター(デジタルアーカイブ)で、国立公文書館が運営しています。1994年、当時の村山首相が、翌年に控えた戦後50年を記念して設立を提案し、有識者による議論を経て2001年11月に発足しました。国立公文書館、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所が所蔵する明治初期からアジア・太平洋戦争終結までのアジア関係資料2800万画像を提供するアジア歴史資料センターは、国内外の研究者・市民にひろく利用されています。
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