「脳死は人の死」改正臓器移植法が成立【医療】

「脳死は人の死」改正臓器移植法が成立


【法改正で「臓器移植」は進むのか?】
~人間の「死」と「生」を合わせ持つ医療行為~

- 医療技術の進歩が臓器移植を可能に -
 医学の進歩や医療技術の発展は、人類に大きな恩恵を及ぼしてきました。今回取り上げる臓器移植が世界で初めて行われたのは、アメリカで1954年に行われた一卵性双生児間の腎臓移植。それ以降、臓器移植は世界中で行われるようになり、現在では心臓、肝臓、肺、すい臓、腎臓、小腸などの移植が行われています。
 人間の主要臓器の移植が可能になったのは、生命維持装置とくに人工呼吸器の発達で、脳死という概念が生まれたことがあげられます。さらに、移植にともなう拒否反応を抑える免疫抑制剤の研究・開発が、臓器移植に大きな役割を果たしました。

「脳死は人の死」改正臓器移植法が成立 - 外国に比べて少ない日本の臓器移植件数 -
 臓器移植が他の医療行為と大きく異なることは、臓器提供者(ドナー)の「死」と、受け手(レシピエント)の「生」という、人間にとって極めて重要な両側面を合わせ持つ特殊な医療行為ということです。
 日本では、1997年に「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」を制定し、脳死判定になった本人の意思と家族の同意があれば臓器移植が可能になりました。ところがグラフにあるように、日本は諸外国と比べて臓器移植の実施件数が非常に少ないことが分ります。
 改正前の法律では、15歳以上の本人が生前に書面(ドナーカード)などで脳死判定に従って臓器提供の意思を示し、家族が同意した場合に限定して臓器の移植が可能になります。しかし、15歳以下の場合は、いかなる条件があっても臓器移植は認められず、外国に比べて高い条件が設けられ、重い病気に悩む人々を苦しめてきました。

- 国会議員個々が自己責任で判断 -
 1997年に成立した臓器移植法は、3年後に臓器移植を取り巻く社会環境などを考慮して見直す予定でした。しかし、「人間の死」という重い命題を審議することもあってか、改正には12年もの期間を費やすことになりました。
改正案を審議した衆・参国会議員は、共産党を除く各政党が「個人の死生観」に関わる重要な判断のため、党として判断する「党議拘束」を外して、議員個々の自己責任で投票したことでも分るように、その重さと深さを理解することが出来ます。その結果、脳死を人の死であることを前提に、15歳以下の子どもからも家族が同意すれば臓器提供が可能になるなど、臓器移植に関しての条件が緩和されることになりました。
 改正された臓器移植法は、公布の日から起算して1年を経過した日から施行されます。

- 臓器移植を待つ人々の切なる願い -
 日本臓器移植ネットワークの調べでは、1997年の臓器移植法成立以降、脳死による臓器移植は81件になっています。しかし、移植を希望し登録している人は、脳死者からの提供に限られる心臓は6月現在で138人、肝臓では254人が移植を待ち望んでいます。心停止後でも移植可能な腎臓では11695人に達しているそうです。
 このため、一刻を争う患者さんの中には、臓器提供者が日本より多い海外に渡って移植手術を受ける人が目立つようになりました。厚生労働省の調べによると、海外で心臓や肝臓、腎臓などの移植手術を受けた人は522人に達しているそうです。

- 海外での臓器移植には困難な問題が -
 しかし、海外での臓器移植の費用が数千万円という巨費に上ることや、現地の人の移植の機会を奪うことにもなります。さらに、貧しい国の中には、臓器を販売するケースも報告されるなど多くの問題を抱えています。
 昨年の国際移植学会では、渡航移植の規制強化と臓器提供の自給自足を求める「イスタンブール宣言」を採択し、世界保健機構(WHO)も今年に入って渡航移植を制限する決議案をまとめました。臓器移植を待ち望む患者さんの願いや、WHOの渡航移植規制といった動きが今回の改正移植法の成立を急がせたといえます。
「脳死は人の死」改正臓器移植法が成立 【15歳未満の人も臓器提供が可能に!】
~改正臓器移植法で移植の道は拡がるか?~

- 脳死とはどのような状態! -
 今回の改正臓器移植法の最大のポイントは、表に示したように「脳死は人の死」と認めたことです。大脳、小脳、脳幹(中脳・間脳・延髄・橋)を含めたすべての脳組織が完全に失われ、治療しても回復しない状態を脳死と呼びます。
 脳死になると、呼吸は停止し、心臓も止まります。しかし、子どもの中には、脳死状態にあっても数ヶ月にわたって心臓が動き続ける「長期脳死」という例も報告されているように脳死判定は困難を伴います。
 これまで、死の判定基準について長い時間と多くの議論が繰り返されてきました。現在では、心停止、自発呼吸停止、瞳孔散大を人の死の三兆候としてきましたが、改正臓器移植法では脳死もこれに含まれることになりました。

- 15歳以上という年齢制限も廃止に -
 もう一つ大きな特徴は、15歳以上とされてきた臓器提供の年齢を、家族の同意があれば極端にいえばゼロ歳からでも認められます。これまで15歳以下の子どもは、自分の明確な意思を書面に残すことは難しいという理由で制限されてきました。このため、臓器移植を待つ人々の間では、臓器移植の道が大きく広がったと改正臓器移植法を歓迎しています。
 心臓移植は脳死状態のドナーのものに限られます。子どもの患者は、大人の心臓では大きすぎるため移植することが不可能です。このため、日本の心臓病に悩む子どもたちは、脳死になった子どもの心臓の提供が可能な外国に渡るしかありません。この結果、臓器移植法が制定された1997年から昨年までに、17歳以下の子ども98人が外国での手術を希望して渡航したことが、日本移植学会の調べで明らかになっています。このうち57人が手術を受け、6人が移植後に亡くなりました。19人は渡航前に、11人は現地で手術を受ける前に命を落としました。
 こうした報告に見られるように、臓器移植法が改正され、国内で臓器移植の道が拡がることは、重大な疾病に悩む多くの患者さんにとって大きな希望と勇気を与えることになります。

- 克服しなければならない問題が山積 -
 臓器移植法が改正されたことで、直ちに臓器移植が増加するでしょうか。医療関係者を始め、多くの人から克服すべき問題点が指摘されています。
 臓器移植法は、臓器移植の手続きについての法律です。このため、臓器移植につながらない脳死判定による死亡宣言は有りえません。しかし、医療現場で移植を前提としない治療でも脳死判定し、死亡宣言につながる混乱が懸念されています。実際、脳死と判定されてからも、長期間生き続ける子どもを介護する保護者は「脳死は決して人の死ではない」と絶叫したそうです。こうした誤解を避けるためにも、この法律の目的をすべての国民が理解できるように広く告知する必要があります。

- 家族に求められる厳しい判断 -
 また、これまで脳死した本人の意思がドナーカードなどで明確だったため、遺族にとって本人の意志を生かすという心の支えがありました。
 新しい臓器移植法では、家族の意向が大変重要になります。脳死者が子どもの場合は、より重大な意思決定が家族に求められます。それも、脳死状態と診断され、心停止という短い時間での判断が要求されます。
 臓器提供者、家族、病院・医師などをつなぎ、スムーズな移植を可能にするのは移植コーディネーターの役割です。しかし、移植コーディメーターの多くは都市部に集中し、その絶対数も大幅に不足しているそうで早期育成が望まれています。
 脳死者が発生する可能性が高いのは病院の救急病棟です。救急病棟での医師不足が指摘される中、混乱する救急現場で脳死者、家族、医師などの関係者が十分に意思疎通できるか不安です。
 さらに、日本人がこれまで育んできた倫理観、生命感、宗教観などに対して、より深い洞察が求められます。
 このように、多くの問題が積み残されており、施行までにクリアされることを願いたいものです。
「脳死は人の死」改正臓器移植法が成立 【「死の定義」変更に慎重論も】
~臓器移植は人類の古くからの願い~

- 17世紀から始まった輸血も移植 -
 人類共通の願いは不老長寿でありたいというものです。このため古くから、体に良いとされる食物を探し、健康回復のための薬が開発されてきました。そして、機能が劣り始めた臓器を、他のものに置き換えて回復を図るという発想が西洋医学の中から生まれてきました。臓器移植を広義に考えると輸血も含まれ、17世紀ごろから試みられています。まず、イヌ同士の輸血から次第に動物から人への輸血が行われたようです。

- カギ握る免疫抑制剤の開発 -
 今日見られるような臓器移植が始まったのは、20世紀に入ってからのこと。輸血と同様、動物間で実験が繰り返され、そこで移植の障害に「拒絶反応」があり、その克服のために「免疫抑制剤」開発が急がれました。
 1954年にアメリカで、遺伝的に同じ遺伝子を持つ一卵性双生児間で腎臓移植が行われ、7年間生存したこともあって臓器移植が広く行われるようになりました。しかし、臓器移植の成績を飛躍的に向上させたのは、1961年にイギリスの研究者によって開発された免疫抑制剤の誕生です。このように、有効な免疫抑制剤が開発されるまで約半世紀かかったことになります。
 免疫機構の解明も進み、現在では臓器移植は一般的に行われるようになりました。心臓を例に取ると、アメリカでは年間2000件以上が、ドイツやフランス、イタリアなどでも300件を超える心臓移植手術が行われています。

- 万能細胞(iPS細胞)に期待 -
 日本の山中伸弥教授が開発し、世界中の研究者が実用化を目ざして競っているのが「万能細胞(iPS細胞)」。iPS細胞の働きを利用して、失われた機能の回復を目ざしていますが、臓器など複雑な機能を持つ細胞の再生にはまだ時間がかかりそうです。しかし、近い将来、iPS細胞を利用した再生医療が可能になれば、拒絶反応もなく臓器移植が抱える倫理面など多くの問題がクリアできます。
 万能細胞といわれるiPS細胞の一日も早い実用化が待たれます。
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