2010年7月、「改正臓器移植法」が全面施行【医療】

2010年7月、「改正臓器移植法」が全面施行


 「改正臓器移植法」が昨年7月17日、全面施行されました。改正臓器移植法では、脳死を一般的な人の死としたうえで、本人の意思表示がなくても家族の承認で臓器の提供が可能になりました。また、15歳以上に限られていた臓器提供が、生後12週以上で臓器の提供が可能になり、臓器移植の機会が拡大すると見られています。新しい臓器移植法の施行で、臓器移植を願う患者やその家族、臓器移植のための知識や技術を磨いてきた医師たちにとって新たな一歩を踏み出すことになりました。
 反面、「死の定義」が大きく変わることで、臓器移植について戸惑いが生じていることも事実です。人間の尊厳に関わる「生と死」について考え、これからの臓器移植の在り方について考えてみましょう。

2010年7月、「改正臓器移植法」が全面施行 - 医療技術の進歩で臓器移植が可能に -
 医学の進歩や医療技術の発展は、人類に大きな恩恵を及ぼしてきました。こうした医療技術の一つとして、機能が衰え始めた臓器を他の健康な臓器に置き換えて回復を図ろうとする試みが、西洋医学の中から生まれてきました。
 輸血も含めて広義に考えると、17世紀後半から臓器移植が試みられてきたようです。まず、イヌ同士の輸血から始まり、他の動物の間でもさまざまな実験が繰り返されてきました。その中で最大の問題になったのは、移植にともなう「拒絶反応」をいかに克服するかということで、世界中の研究者が免疫抑制剤の研究に取り組みました。さらに、生命維持装置とくに人工呼吸器の発達で、脳が死んだ状態にあっても脳や心臓が機能する状態、つまり「脳死」という新しい死が誕生したのです。
 臓器移植が世界で初めて行われたのは、1954年にアメリカのハーバード大学で行われました。一卵性双生児間の腎臓移植で、患者は7年間生存しました。それ以降、臓器移植は頻繁に行なわれ、現在では心臓、肝臓、肺、すい臓、腎臓、小腸、目、皮膚などの移植が行われています。心臓を例に取ると、アメリカでは年間2000件以上が、ドイツやフランス、イタリアなどでも300件を超える心臓移植手術が行われています。

- 脳死とはどのような状態 -
心臓停止などで大脳、小脳、脳幹(中脳・間脳・延髄・橋)を含めたすべての脳組織が完全に失われると、自発呼吸が停止して人間は死に至ります。ところが、生命維持装置とくに人工呼吸装置の発達で、人工的に生命を維持できるようになったことから「脳死」という概念が生まれてきました。
 死の判定基準について長い時間と多くの議論が繰り返されてきました。現在では、人の死とは心停止、自発呼吸停止、瞳孔散大を死の三兆候としてきましたが、改正臓器移植法では脳死もこれに含まれることになりました。
 しかし、子どもの中には、脳死状態にあっても数ヶ月にわたって心臓が動き続ける「長期脳死」という例が報告されています。このため、6歳未満の子どもの脳死判定には、大人が1回目と2回目の脳死判定を6時間あけるのに対して、子どもは24時間以上あけるなどの対策が取られるなど脳死判定は困難を伴います。
2010年7月、「改正臓器移植法」が全面施行 - 外国に比べて少ない日本の臓器移植件数 -
 日本では、1997年に「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」を制定し、脳死判定になった本人の意思と家族の同意があれば臓器移植が可能になりました。ところが表にあるように、日本は諸外国と比べて臓器移植の実施件数が非常に少ないことがわかります。
 改正前の臓器移植法では、15歳以上の本人が生前に書面(ドナーカード)などで脳死判定に従って臓器提供の意思を示し、家族が同意した場合に限って臓器の提供が可能になります。しかし、15歳以下の場合は、いかなる条件があっても臓器移植は認められないなど、外国に比べて高い条件が設けられ、移植を待つ患者を悲しませてきました。
 日本臓器移植ネットワークの調べでは、1997年の臓器移植法成立以降、脳死による臓器提供は年間で3~13件で、昨年7月現在で総数は86件にとどまっています。しかし、臓器移植を希望し、臓器移植ネットワークに登録している人は、脳死者からの提供に限られる心臓は2009年6月現在で138人、肝臓では254人が移植を待ち望んでいます。心停止後でも移植可能な腎臓では1万1695人に達しているそうです。
 このため、一刻を争う患者さんの中には、臓器提供者が日本より多い海外に渡って移植手術を受ける人が目立つようになりました。厚生労働省の調べによると、海外で心臓や肝臓、腎臓などの移植手術を受けた人は522人に達しているそうです。
2010年7月、「改正臓器移植法」が全面施行 - 海外での臓器移植には困難な問題 -
 しかし、海外での臓器移植の費用が数千万円という巨額に上ることや、現地の人の移植の機会を奪うことにもなります。さらに、貧しい国の中には、臓器を販売するケースも報告されるなど多くの問題を抱えています。
 2009年の国際移植学会では、渡航移植の規制強化と臓器提供の自給自足を求める「イスタンブール宣言」を採択し、世界保健機構(WHO)も今年に入って渡航移植を制限する決議案をまとめました。臓器移植を待ち望む患者さんの切なる願い、その反面WHOの渡航移植規制といった動きが臓器移植法の改正、施行を急がせたといえます。

- 法改正にまで、12年の年月が経過 -
 1997年に成立した臓器移植法は、3年後に臓器移植を取り巻く社会環境などを考慮して見直す予定でした。しかし、「人間の死」という重い命題を審議することもあってか、改正には12年もの期間を費やすことになりました。
 改正案を審議した衆・参国会議員は、共産党を除く各政党が「個人の死生観」に関る重要な判断のため、党として判断する「党議拘束」を外して対応しました。議員個々の責任で投票したことでも分るように、「新しい死の判断」の重さや深さを理解することが出来ます。審議の結果、脳死を人の死であることを前提に、15歳以下の子どもからも家族が同意すれば臓器提供が可能になるなど、臓器移植に関する条件が緩和されることになりました。
 改正された臓器移植法は、2009年7月に公布され、2010年7月から全面施行されました。

- 年齢制限廃止で臓器移植が拡大 -
 旧臓器移植法では、15歳以下の子どもの臓器提供は、自分の明確な意思を書面に残すことは難しいという理由で制限されてきました。今回の改正臓器移植法で、臓器移植を待つ子どもたちの間で、臓器移植の道が大きく広がったと改正臓器移植法を歓迎しています。
 心臓移植は脳死状態の提供者(ドナー)のものに限られます。心臓疾患のある子どもの患者は、大人の心臓では大きすぎるため移植することが不可能です。このため、心臓に疾患のある子どもたちは、脳死になった子どもの心臓の提供が可能な外国に渡るしかありません。この結果、臓器移植法が制定された1997年から2009年までに、日本移植学会の調べで17歳以下の子ども98人が外国での移植手術を希望して渡航したことが明らかになっています。このうち57人が手術を受け、6人が移植後に亡くなりました。19人は渡航前に、11人は現地で手術を受ける前に命を落としました。
 こうした報告に見られるように、臓器移植法が改正され、国内で臓器移植の道が拡がることは、重大な疾病に悩む多くの患者さんにとって大きな希望と勇気を与えることになります。
2010年7月、「改正臓器移植法」が全面施行 - 家族に求められる厳しい判断 -
 臓器移植法が改正されたことで、脳死下での臓器提供が増加しています。臓器移植法が制定された1997年から昨年7月までの13年間に、わずか86件だった脳死下での臓器提供が、それ以降12月までのわずか6ヶ月ほどの間で21件と大幅に増えています。改正臓器移植法の施行で、本人の意思が確認できなくても家族の考えで臓器の提供が可能になったことが関係していると見られます。
 脳死下での臓器提供については、これまで本人の意思がドナーカードなどで臓器移植について明確に意思表示していたため、家族は本人の意志を生かすという心の支えがありました。新しい臓器移植法では、脳死状態と診断されて動揺している時にも関わらず、極めて短い間に家族の臓器移植についての考えが求められます。臓器提供後に「あの判断は正しかったのか」と悩む家族も出てくると思われます。このため、死後の世界について話すのは抵抗があるかもしれませんが臓器提供について日常的に話し合い、家族の意向を確認しておくことが必要になります。

- 求められる「死」についての深い洞察 -
 脳死判定を受け入れて臓器提供を承諾した家族と、新鮮な臓器を一刻も早く取り出して移植手術を行ないたい医療従事者との間でさまざまな困難が予想されます。混乱する救急現場などで脳死者、家族、医師などの関係者が十分に意思疎通できるか不安です。
 臓器提供者、家族、病院・医師などをつなぎ、スムーズな移植を可能にするのは移植コーディネーターの役割です。しかし、移植コーディネーターの多くは都市部に集中し、その絶対数も大幅に不足しているのが現状です。移植コーディネーターの役割は今以上に大きくなると思われ、早急な対策が求められます。
 また、15歳未満の子どもからの臓器提供が可能になりましたが、この中に虐待による子どもの脳死が含まれる可能性があります。虐待された子どもからの臓器提供が行われないように、医療機関はもとより第三者が関与することも必要になるでしょう。さらに、日本人がこれまで育んできた倫理観、生命感、宗教観などに対して、より深い洞察が求められます。
2010年7月、「改正臓器移植法」が全面施行 《臓器移植と人の「死」について》
 昨年7月、「改定臓器移植法」が全面施行され、臓器移植件数は大幅に増加しています。しかし、「脳死は人の死」とする考え方には、慎重であって欲しいと考えています。それは、「脳死」の捉え方が立場ごとに異なり、全体の合意形成がなされていないように思うからです。高校生の皆さんも、「死」という避けては通れない問題を一緒に考えて下さい。
 キリスト教は、隣人愛や兄弟愛、人類愛という言葉に代表されるように「愛」の宗教ともいわれています。愛にはさまざまなものがありますが、この中には他人の為に自分の命を捧げる愛も含まれます。ですから、キリスト教的な視点から「脳死」を考えると、人の生き死にが問題ではなくなってしまいます。つまり脳死は本当に人の死か否かという問題が曖昧なまま放置され、「愛」という言葉の中に隠されてしまう恐れがあります。
 また、そもそもレシピエント(受容者)が必要とするのは、ドナー(提供者)の愛なのか、それとも健康な臓器なのか。本当は愛とモノが一緒であればいいのですが、現実には臓器移植という言葉でもわかるように、レシピエントの身体に合った健康な臓器です。
 ところが、臓器提供に同意した家族は、愛する人の臓器が誰かの身体の中で生き続けて欲しいという願いから臓器を提供する例が大半です。レシピエントの立場で考えると、自分自身の命であり人生なのです。誰かの替わりに生きていると考えるなら大変な精神的負担となってしまいます。
 ドナーを募る時、よく愛とか善意という言葉が使われますが、移植医療の現場ではどうだろうかと考えます。両者の想いを合致させるには、少なくとも提供者側は自分の愛する人は亡くなったという「死」を厳粛に受け止めなければなりません。例えその死が「脳死」であっても…。
 “脳死は人の死か”と調査すると、多くの人は人の死だと答えます。しかし、実際に「脳死」に出会う人は少数で、多くの人は「死」という言葉が入っているために誘導されたものと考えます。実際は“全脳の不可逆的機能不全”は死かと問うべきで、こうすれば結果に変化が現れるはずです。ここに危険を感じてなりません。
 私たちは、医師に「お亡くなりになりました」と告げられても、「そうですか」では終わらない。実際に自分の目で「死」を確認します。「死」という以上、人としてそれを受け止める責任があるからです。だからこそ、みんなが納得して「死」を受け止める必要があります。「脳死」では、ふんぎりが付かないまま「死」を受け入れることになり、後々まで尾を引くことが予想されます。
 臓器移植にあたって、医師と家族をつなぐ移植コーディネーターの役割が注目されています。移植コーディネーターの仕事としてグリーフケア(悲嘆回復)があります。でも、考えてみれば家族をケアしなければならない移植って何だろうと思います。これまで、私たちは脳死状態の人を昏睡状態にあると思ってきました。ところが、この状態を「脳死」と変えたことで無理が生じているのではないでしょうか。
 しかし、臓器移植以外に生命を維持できない人に対し、臓器移植に戸惑いを感じると言えないことも事実です。そこで望むのが代替医療の充実、またiPS細胞などによる再生医療の早期実現です。より多くの予算を投じて、新たな道を切り開いて欲しいと願っています。
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