難病は克服できるか?現状とその対策について考える【医療】

難病は克服できるか?現状とその対策について考える


 日本は世界一の長寿国ですが、一方で多くの人が原因不明で治療法が確立されていない「難病」に苦しんでいます。現在、経済的・身体的に日常生活に支障のある約80万人の難病患者が、国や自治体から医療費の助成を受けています。
 最近、iPS細胞を活用した難病治療の研究が始まりました。近い将来難病は克服できるでしょうか。

難病は克服できるか?現状とその対策について考える - 不治の病「難病」は世界で約7000種類 -
 難病とはどんな病気を指すのでしょうか。一般に難病とは「治りにくい病気」や「治療法がない不治の病」といわれますが、医学的にはっきり定義されたものではありません。
 世界には約7000種類もの難病があるといわれますが、どんな病気が難病であるかどうかは、その時代の医学の水準や社会の情勢によって変わってきます。
 例えば、かつて日本人の暮らしが貧しく、衛生状態が悪かった時代は、赤痢やコレラ、腸チフス、結核などの感染症は不治の病と恐れられていました。
 その後、医学の進歩や公衆衛生の発達、保健医療の充実などでこれらの感染症の予防や治療法が確立され、不治の病でも難病でもなくなりました。

- 1972年に日本が世界で初めて難病対策をスタート -
 しかし、現在なお多くの難病が存在します。回復のメドが立たずに苦しんでいる多くの難病患者が、近い将来に難病が克服されることを信じて病と向き合っています。
 昭和47年(1972年)、当時の厚生省(現在の厚生労働省)は「難病対策要綱」を作成して、世界で初めて国策として難病対策に取り組みました。
 この時、難病とは患者の数が5万人以下の症例数の少ない病気で、原因が不明。治療法が確立されておらず、後遺症の恐れがあって長期にわたって生活に支障をきたす病気と定義されました。

- 難病対策は薬害の「スモン病」が引き金 -
 日本が難病対策に取り組み始めたのは、薬害として大きな社会問題となった「スモン病」が引き金となっています。
 「スモン病」というのは、キノホルムという整腸剤の薬を服用することによって、神経障害を起こす薬害の病気です。
 1955年ごろからスモン病患者は増え続け、1960年代の後半には国内で患者数は1万人以上を数え、全国各地で「薬害裁判」が起こされました。
 スモン病は、激しい腹痛に続いて手足のしびれや脱力感が起こり、内臓障害や歩行困難、視力障害を起こしたりします。やがて症状は全身に広がり、日常生活に大きな支障をきたすようになります。
難病は克服できるか?現状とその対策について考える - 130の難病のうち、56の難病患者に医療費助成 -
 スモン病は、明らかな薬害として国と製薬会社の責任が認定され、1970年9月からキノホルムの製造販売、使用が停止されました。
 薬害のスモン病が契機となって難病に対する関心が高まり、国の組織的な難病対策がスタートしたのです。
 現在、厚生労働省は、130疾患(種類)の難病を「難治性疾患克服研究事業」(臨床調査研究分野)に指定し、重点的に原因の究明や治療方法の研究を行っています。
 臨床調査研究分野に指定された130の難病のうち、診断基準がはっきりしていて、患者にとって特に医療費の負担が大きい、パーキンソン病や筋委縮性側索硬化症(ALS)など56疾患(種類)の難病患者に対して、国や自治体が医療費を助成して支援しています。

- 患者数が最も多いのが潰瘍性大腸炎 -
 今、難病患者は年々増加しています。医療費の給付を受けている56の難病についていえば、その患者数は2008年度が64万7604人、09年度が67万9335人。さらに10年度は70万6720人に増え、11年度には77万8178人となりました。
 11年度で見ると、患者数の最も多いのが潰瘍性大腸炎の13万3543人です。次いでパーキンソン病の11万6536人、全身性エリテマトーデスの5万9553人などとなっています。
 潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜に炎症が起こり、びらん(ただれ)や潰瘍ができる病気で、安倍晋三首相が自ら持病と発表したことで知られています。

- 手足が震えて歩行が困難になるパーキンソン病 -
 潰瘍性大腸炎とよく似た難病に、クローン病というのがあります。口腔から小腸、大腸、肛門までのすべての消化管に炎症を生じる原因不明の炎症性腸疾患で、患者数は約3万5000人です。
 潰瘍性大腸炎に次いで患者数の多いパーキンソン病は、脳神経細胞の異常で運動を筋肉に伝えるドーパミンという伝達物質が減ることから起こる病気です。
 手足の震えや動作が遅くなり、歩きづらくなって、寝たきりになるケースもあります。
 三番目に患者数が多い全身性エリテマトーデスというのは、20歳から30歳にかけての若い女性に多く発症し、患者数は約6万人といわれます。頬から鼻にかけて赤い斑点が発生し、けいれん発作や鬱病などの精神神経症状を起こすことがあります。

- 来年度から医療費補助の対象は56疾患から300疾患へ -
 患者数の多い代表的な難病を見てきましたが、原因不明で有効な治療法が見つかっていない難病はまだまだ数多く存在しています。
 難病対策が始まった1972年には、薬害の「スモン病」をはじめ、目や口、皮膚など全身に炎症が広がる「ベーチェット病」など4種類の難病に対して医療費の助成が行われました。
 その後、40年かけて医療費の助成対象となる難病は56疾患まで増えました。厚生労働省は、今年1月に難病対策の見直しを提言し、2014年度から医療費の助成対象となる難病を現在の56疾患から300疾患に拡大することにしました。

- 各都道府県に難病専門病院を整備 -
 現在、国や自治体が医療費を支給している助成対象の難病は、「患者数が5万人未満」となっています。
 見直しプランでは、「患者数が人口の0・1%程度(約12万人)未満」に改められ、助成の対象となる難病が56種類から300種類に拡大されます。これによって、重い医療費負担を強いられてきた多くの難病患者が経済的に救済されることになります。
 このほか、難病医療を専門にした「新・難病医療拠点病院」(仮称)を都道府県ごとに整備するとともに、難病患者の就労支援や難病相談などの支援機能を強化することになりました。
難病は克服できるか?現状とその対策について考える - 難病治療や創薬開発に期待集まるiPS細胞 -
 難病患者やその家族にとって最大の願いは、有効な治療法の開発による難病の克服です。
 今、京都大学の山中伸弥教授の研究グループが開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)が、難病治療に大きな可能性をもたらすと期待されています。
 さまざまな細胞に分化するiPS細胞は、皮膚組織など体細胞に遺伝子を導入して作ります。患者自身の細胞から作るiPS細胞は、臓器などを移植しても拒絶反応が起きにくい特徴があります。このiPS細胞を使えば、難病に特徴的な神経細胞などの再現が可能となり、病気の原因を明らかにして有効な治療法や創薬の研究に大いに役立つとされています。

- 理化学研究所が初のiPS細胞の臨床研究を申請 -
 iPS細胞を用いてさまざまな難病研究が行われています。
 理化学研究所は今年2月、厚生労働省にiPS細胞を使った世界初の臨床研究を申請しました。研究対象は急速に視力が失われる難病の「加齢黄斑変性」の治療です。「加齢黄斑変性」は60歳以上の男性に多く発生する病気で、網膜の中心部にある黄斑に異常な老化現象が起こって視力が奪われていきます。
 臨床研究では、患者の皮膚の細胞から作ったiPS細胞を網膜の組織に変化させ、薄いシート状に加工して、網膜の傷ついた場所に移植して再生治療を行います。

- 京大、慶応大などがiPS細胞臨床研究拠点に -
 文部科学省は、今年度からiPS細胞を使った再生医療研究を加速させるため、4つの臨床研究拠点を設けて支援強化に乗り出しています。
 京都大学iPS細胞研究所をiPS細胞研究の中核拠点とし、慶應大学と理化学研究所、京都大学、大阪大学を臨床応用の研究拠点としています。
 京都大学iPS細胞研究所で製造されるiPS細胞を使って、慶応大学で脊髄損傷や脳梗塞の研究を、京都大学でパーキンソン病や脳血管障害の研究を行います。理化学研究所では視覚機能再生の研究を、大阪大学では心筋の再生治療の研究を行い、臨床応用をめざしています。
【テーラーメイド医療で難病を克服へ】
- 難病の克服と遺伝子診断 -
 人間は約2万2000種類の遺伝子を持っているといわれます。遺伝子の異なり(個性)によって、一人ひとりの顔かたち、体質、性格、身体つきが異なります。
 ヒトノゲム(遺伝子情報)の解読などによって、遺伝子の個性と多くの難病が密接に関わっていることが分かってきました。一般にガン疾患や生活習慣病の多くは遺伝的要素が影響しているといわれますが、難病も多くは遺伝子の個性によって発症するとされています。
 一人ひとりの遺伝子を調べることで、特定する難病との関連性や、病気になる可能性などを探ることができます。これを遺伝子診断といいます。治療法もこれまでのように、不特定多数に共通するものでなく、遺伝子の個性に応じた一人ひとり個別の創薬や治療を施すようになります。これをテーラーメイド医療といいます。
 近い将来、遺伝子診断によって難病の疾患はさらに細かく分析され、詳しい原因が明らかにされていくでしょう。そして、患者の負担を軽減したピンポイントの効果的な治療が行われ、難病の克服が大きく前進するとみられています。
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