どうなる高齢社会と日本の医療【医療】

どうなる高齢社会と日本の医療


【国民の健康を支える医療制度を考える】
 日本は世界一の長寿国ですが、これを支えているのがすべての国民が公的医療保険に加入している「国民皆保険制度」だといわれます。
 しかし、高齢社会の進展で医療費は年々増大し、医療の地域間格差や医師・看護師不足、医療自由化の動きなど多くの問題を抱えています。国民の健康を支える医療制度を考えてみました。


どうなる高齢社会と日本の医療 - 長寿社会を支える国民皆保険制度 -
 医療保険には、生命保険や損害保険と同じように国民の自由意思で任意に加入する民間の医療保険と、国民すべてが加入する公的医療保険があります。
 皆さんがけがや病気で病院に行くと、受付で健康保険証を提出しますが、これは公的医療保険の証書です。公的医療保険によって、医療費の一部を負担することで治療を受けることができます。
 国民すべてが公的医療保険に加入することが定められていますが、これを国民皆保険制度と言います。
 日本の公的医療保険制度は、2000年にWHO(世界保健機構)から世界最高の評価を受け、OECD(経済協力開発機構・先進34カ国加盟)のなかでもトップレベルといわれ、世界一の長寿社会を支えてきました。

- 会社員や公務員は被用者保険、退職者や自営業者は国民健康保険 -
 公的医療保険は、大きく被用者保険と国民健康保険に分かれます。このほかに75歳以上の高齢者が加入する後期高齢者医療制度があります。
 被用者保険というのは、会社勤めのサラリーマンや公務員とその扶養家族が加入している保険です。被用者保険は、大企業の会社員と扶養家族が加入する組合健保と、中小企業の会社員と扶養家族が加入する協会けんぽ。公務員(私立学校教員を含む)と扶養家族が加入する共済組合。そして船員と扶養家族が加入する船員保険に分かれます。
 一方、国民健康保険(こくほ)は、生活保護受給者を除く、自営業者や非正規労働者、年金生活者など被用者保険に入っていないすべての人が加入しています。
どうなる高齢社会と日本の医療 - 75歳以上のお年寄りは別枠の後期高齢者医療保険制度 -
 このほか75歳以上の後期高齢者だけを対象にした後期高齢者医療保険制度があります。国民保険に加入している75歳以上の後期高齢者を別枠として2008年に創設されました。
 高齢になればなるほど病気に罹りやすく医療費がかさみます。増大する高齢者の医療費を高齢者だけに負担させるには無理があります。このため、現役世代からの支援金や税金でまかなう、後期高齢者医療保険制度という別組織で運営しています。
 75歳以上の高齢者は医療費の1割を負担し、残りの9割のうち5割を税金、4割を現役世代の支援金でまかなっています。

- 誰もが希望する医療機関で一定の価格で診療が受けられる -
 国民皆保険は世界で50か国以上が導入しています。日本の国民皆保険制度の特徴は誰もが自由に医療機関を選んで診療を受けることができ、どの医療機関でも治療費が一律に設定されていることです。
 自由に病院を選ぶことができることをフリーアクセスと言いますが、基本的に医療費が無料のイギリスでは、自由に医療機関を選ぶことはできません。日本とほぼ同じ皆保険制度を採用しているフランスやドイツでも、必ずしも患者が自由に医療サービスを選べるわけではありません。
 日本の公的保険は、診療報酬点数制と呼ばれる公定価格を採用しているため、医療機関によって治療費が大きく変わることはありません。日本の医療制度は、誰もが希望する医療機関で自由に、安心して診療を受けることができるのです。
どうなる高齢社会と日本の医療 - 1922年に初の健康保険が誕生。42年に職員健康保険と統合 -
 日本の医療保険の始まりは1922年(大正11年)に制定された健康保険法に基づきます。工場で働くブルーカラーを対象に、ドイツの疾病保険を参考にして健康保険が作られました。
 第一次大戦後の不況で、賃下げや首切りに抗議する労働争議が多発し、政府は労働組合や労働運動を厳しく取り締まりました。一方で悪化した労使関係の改善や労働者保護の一環として、日本初の社会保険制度として健康保険が生まれました。
 39年(昭和14年)には、会社で働く事務労働者(ホワイトカラー)の職員健康保険が誕生し、戦時中の42年(昭和17年)に工場労働者の健康保険と職員健康保険が一本化されました。

- 農村の窮状を救うため1938年に国民健康保険制度が誕生 -
 都市部で働く人を対象とした医療保険制度が設立されましたが、国民の約6割を占める農村で働く人をはじめとした国民の医療をどうするかが大きな課題となりました。
 1929年(昭和4年)の世界恐慌や31年(昭和6年)の東北地方の大凶作で、食事にありつけない欠食児童が続出しました。衛生状態が悪く十分な食事や栄養が摂れないため結核などの病気に罹る人が増大し、当時「兵隊の供給源」といわれた農村の疲弊が目立ちました。
 農村の収入の50%以上が病気の治療費に充てられていたという記録(32年農林省調査)があり、多くの人々が病気になっても医療費が捻出できず、満足に治療を受けられませんでした。
 こうした農村の窮状を救うため、38年(昭和13年)1月に厚生省(現・厚生労働省)が設立され、この年の秋に国民健康保険制度が創設されました。

- 1961年にすべての国民が加入する国民皆保険制度が確立 -
 戦後、国民健康保険は市町村の公営となりました。1955年当時、多くの市町村では財政悪化のため健康保険制度の休止や廃止が相次ぎ、国民の3分の1に当たる約3000万人が医療保険の適用を受けられない無保険状態に置かれました。このため、体の具合が悪いと分かっていても治療費が払えないため治療が遅れ、命を落としてしまうケースがありました。
 その後、59年に全国の市町村に国民健康保険の設立が義務付けられ、61年(昭和31年)に今の国民皆保険制度が確立されました。
 けがや病気をして病院に行ったとき、診療費の大部分を健康保険から支払う公的医療保険のおかげで、私たちは安心して治療を受けることができます。
どうなる高齢社会と日本の医療 - 医療費の自己負担は小学生から69歳までは3割負担 -
 公的医療保険ではどれだけの診療費を患者が負担するのでしょうか。医療費の自己負担の割合は、0歳から小学校就学前までは2割負担。小学生以上から69歳までは3割負担。70歳以上から75歳未満は2割負担。そして75歳以上が1割負担となっています。
 世界に誇る日本の国民皆保険制度が確立されて半世紀以上が経ちますが、これをベースにした日本の医療制度は今大きな問題を抱えています。

- 進む社会の高齢化。2060年には高齢化率39.9%で2.5人に1人が高齢者 -
 日本は世界一の長寿国で、平均寿命は2011年現在で男性79.44歳、女性85.9歳です。2060年には男性84.19歳、女性90.93歳に伸びるといわれます。長寿は結構なことですが社会の高齢化は一段と加速していきます。
 日本の総人口は2012年現在1億2752万人ですが、65歳以上の高齢者人口は3079万人(前年2975万人)。高齢化率は24.1%(前年23.3%)で4人に1人が高齢者です。
 2060年には高齢化率は39.9%に達し、国民の2.51人に1人が高齢者という典型的な高齢社会が到来します。
どうなる高齢社会と日本の医療 - 高齢化で国民医療費は毎年1兆円以上増大して国の財政を圧迫 -
 高齢になると免疫力が落ちて病気も増えます。高齢社会とともに国民の医療費は増加の一途をたどり、2012年度は前年度を6000億円上回って38.4兆円となりました。その半分以上が65歳以上の医療費で占められています。医療費は年金や雇用保険、介護保険などの社会保障費の約3分の1を占めており、毎年約1兆円増加し、2025年には50兆円を超えるとも言われます。
 2012年度の国民健康保険は、税金でのカバーを除いた実質で3055億円の赤字となり、赤字幅は前年度を33億円上回りました。今後医療費の増大がそのまま国の財政を圧迫することになります。
 政府は国民健康保険の財政を安定させるため、2017年度までに現在の市町村の運営から都道府県による運営に移す考えですが、何より国民健康保険の赤字構造の改善が急務となっています。

【日本の医療制度が抱える問題】
- 医師・看護師不足、医療の地域間格差、医療自由化など -
 本格的な高齢社会に入って、国民医療費の増大とともに医師・看護師不足、医療の地域間格差の拡大が、日本の医療制度の今後に大きな影を落としています。とくに医師不足では、多発する医療訴訟の対象となりやすい外科医や小児科医。昼夜の別なく過酷な勤務が求められる救急医や産科医の不足が目立っているといわれます。
 厚生労働省の調べによりますと、全国で医療活動に携わっている医師は26万3450人(2006年12月時点)で、人口1000人あたりの医師の数はOECD(経済協力開発機構)加盟34か国中27番目です。トップはギリシャの4.9人、ベルギー4人、イタリア3.8人と続き、日本は平均の3.0人を下回って2.0人です。以下メキシコ1.8人、韓国1.6人、トルコ1.5人と続きます。
 看護師も全国で約7割の病院で不足しているといわれます。厚生労働省の2011年の調査では、看護師の数は134万8300万人で、約5万6000人が不足しているとしています。このままでは、将来より一層看護師不足が深刻化すると予測されています。また、医師も看護師も処遇の良い都市部へ偏在が進み、地方と大都市部では、質・量ともに医療サービスの格差が広がっています。
 さらにTPP(環太平洋経済連携協定)交渉のテーマの一つである医療自由化(混合診療の全面解禁)の問題があります。日本医師会では国民皆保険の崩壊を招くと反対しています。
 現在の医療制度では、保険適用の診療が基本で、保険適用外の診療は差額ベッド料や一部の新しい高度医療技術を除いて禁止されています。混合診療とは、保険適用外の診療(自由診療)と保健診療が混在した診療システムを指します。
 医療自由化で混合診療が全面解禁されると、医療機関は利潤の高い保険適用外の自由診療を推奨するようになり、患者の負担が増大するとともに公平な医療サービスの提供という、本来の国民皆保険の機能が損なわれると危惧されています。
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