がんや難病は再生医療で克服できるか【医療】

がんや難病は再生医療で克服できるか


【〝夢の医療″といわれる再生医療を追う】
 ケガや病気で失った体の組織や機能を再生する「再生医療」が、がんや難病の治療に向けて実用段階に入ってきました。再生医療は身体の細胞を使って病気を克服する新しい医療で、薬や手術ではなく人間が本来持っている回復力を生かして健康な身体に戻す治療法です。とくにiPS細胞を用いた臨床研究では目の難病治療が始まり、パーキンソン病やさまざまながん疾患、重い心臓病、脊髄損傷、認知症などに向けた研究が行われています。健康に生きられる「健康寿命」を延ばす〝夢の医療〟として、再生医療への期待が集まっています。


- 本来の「再生する力」を活用する再生医療 -
 トカゲを捕まえると、自分でしっぽを切り離して逃げてしまいます。切れてなくなったトカゲのしっぽは再生されてまた生えてきます。
 イモリなどは手足がちぎれても再生します。こうした生物は細胞が傷つくと色々な細胞に変化して再生すると考えられます。
 トカゲやイモリの様にはいきませんが、人間にも元々「再生する力」が備わっています。人の体の再生する力を利用して、ケガや病気で機能しなくなった組織や臓器を新たに復元する医療を再生医療と言います。


- 60兆の細胞からなる体も始まりは1個の受精 -
 私たちの体は約60兆個もの細胞からできていますが、その始まりは1個の受精卵です。この受精卵が細胞分裂によって「胚」になり、さらに細胞分裂を繰り返して多種多様な細胞に成長して脳や皮膚、心臓や骨などの組織や臓器が作られます。
 このように細胞がさまざまな組織や臓器に変化することを「分化」と言います。
 皮膚や骨のように完全に組織や臓器となった細胞を「体細胞」、これから色んな組織や臓器に変化する未分化な細胞を「幹細胞」と呼んでいます。


- 細胞移植治療で失った組織や機能を復元 -
 哺乳類の細胞はいったん骨や筋肉などに変化すると、受精卵のように色々な細胞になることができません。このため手や足など体の一部を失うと再生できません。
 ところが再生医療では、色んな組織や臓器に変化する可能性を持つ未分化な「幹細胞」を、ケガや病気で損傷した部分に移植し、組織の再生を促して根本的に治療します。
 「細胞移植治療」といわれるものがそれで、再生医療は細胞の変化する力を利用して、失った体の組織や機能を復元する全く新しいタイプの治療法です。

がんや難病は再生医療で克服できるか - 再生医療では3種類の幹細胞が用いられる -
 再生医療で利用される幹細胞には、もともと体の中に存在している「体性幹細胞」と、胚(受精卵)から培養して作られる「ES細胞」、そして皮膚や血液などの細胞に遺伝子を入れて人工的に未分化の状態に戻した「iPS細胞」の3種類があります。
 このうち、これまで最も医療に応用が進んでいるのが体性幹細胞です。もともと人間の体の中にある細胞を使うため治療に応用しやすい利点があります。
 体性幹細胞の代表的なものが「間葉系幹細胞」と呼ばれるもので、骨や軟骨、脂肪細胞などいくつか異なった組織や臓器に分化する能力があります。
 なかでも大量に確保できる脂肪由来の間葉系幹細胞が、関節軟骨などの再生治療に応用する研究が進められています。

がんや難病は再生医療で克服できるか - 分化する万能細胞のES細胞、iPS細胞 -
 体性幹細胞と異なって、体の様々な組織や臓器に分化する能力を持つ万能細胞と呼ばれるのが「ES細胞」と「iPS細胞」です。
 ES細胞(胚性幹細胞)は、受精卵が胎児になる途中の胚の中にある細胞を取り出して培養し作成するものです。
受精卵が6~7回分裂した初期胚から作られ、分化多様性を持ちながらほぼ無限に増殖が可能な幹細胞です。
 1981年に英ケンブリッジ大学のマーティン・エヴァンスらがマウスのES細胞を作製し、98年に米ウィスコンシン大学のジェームズ・トムソンらの研究グループがヒトES細胞を初めて作製しました。
 しかし、本来赤ちゃんになれる受精卵を材料に用いるため、生命の萌芽を奪う行為として各国で倫理的な論議を呼んでいます。
 日本では体外受精の不妊治療で母体に戻されず凍結保存されている胚のうち、破棄が決定した余剰胚に限ってヒトES細胞の作製を認めています。
 ES細胞はパーキンソン病や脊髄損傷、脳梗塞、糖尿病、肝硬変など完治が難しい疾患の治療を目指して研究が進められています。
がんや難病は再生医療で克服できるか - 14年9月に世界初の目の難病で移植治療 -
 一方のiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、皮膚や血液など特定の機能を持った細胞に数種類の遺伝子を加え、受精卵のように体のさまざまな臓器や組織の細胞に変化する能力を持たせた万能細胞です。
 2006年に京都大学の山中伸弥教授が作製に成功し、12年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
 2014年9月に理化学研究所でiPS細胞から網膜色素上皮細胞のシートを作って、目の難病である加齢黄斑変性の患者に世界で初めて移植手術が行われました。
 国内では角膜や心筋、血小板など比較的再生が容易とみられる臓器や組織の臨床研究が計画されており、パーキンソン病や重い心臓病などの治療に期待が集まっています。
がんや難病は再生医療で克服できるか - iPS細胞の備蓄で他家移植が拡大へ -
 患者本人の細胞からiPS細胞を作製して移植(自家移植)することで、移植治療の宿命といわれる拒絶反応を抑える利点があります。しかし14年9月の1例目の臨床研究では、網膜シートを作成するまでに11ケ月という長い期間と億単位のコストがかかり、普及のネックとなっていました。
 そこで京都大学iPS細胞研究所では、あらかじめ日本人で拒絶反応を起こしにくいiPS細胞を作製して冷凍保存し、移植する時にすぐに使用できる体制を整えました。 2015年8月から備蓄したiPS細胞を外部機関に提供を始め、他人由来のiPS細胞による移植(他家移植)を可能にしました。
 そして今年3月に、理化学研究所と大阪大学、神戸市立医療センター中央市民病院などのチームが、他人の細胞から作ったiPS細胞の他家移植による加齢黄斑変性の移植手術を世界で初めて成功させました。

- 再生医療拡大へ法整備が進む -
 iPS細胞を用いた再生医療が実用段階に入ってきたことを受けて、法整備をはじめとした国の再生医療に対する環境整備が進んできました。
 2014年11月に改正薬事法(医薬品医療機器法)が施行されて、少ない患者に対する治験でも安全性の確認と有効性の推定ができれば、再生医療製品の製造や販売の手続きが簡素化されて早期に承認が可能となりました。
 同じく施行された再生医療安全性確保法で、再生医療を計画する医療機関が計画の提出、治療の成果や健康被害などの報告が義務付けられました。全体像が不透明だった再生医療の実態、情報を一元的に管理し、安全性と信頼性の向上を図るのが狙いです。
がんや難病は再生医療で克服できるか - がん治療や難病の克服に期待集まる -
 経済産業省の予測によると、2020年までに患者の太ももの細胞で作ったシートを使う心不全治療や、患者自身の細胞による軟骨損傷の治療が実現するといいます。
 さらに30年以降は、すい臓や腎臓、肝臓などの臓器移植に代って再生医療が実用化され、糖尿病など難治性の慢性疾患にも再生医療が応用されると予測しています。
 なかでもどんな性質の細胞にも変身することができるiPS細胞は、がんや難病、慢性疾患の克服に大きな期待が寄せられています。他人の細胞を用いた他家移植による目の難病である加齢黄斑変性の移植手術に続いて、心不全や脊椎損傷、パーキンソン病などの治療に応用する研究が進み、動物実験から人への臨床研究に入ろうとしています。


- 「再生医療と再生させる医療」 -
細胞を蘇らせる再生医療、機能を代替する再生させる医療
 再生医療を一言でいえば「ケガや病気を細胞の力で治す医療」ということです。私たち人間(動物)には、本来自己修復能力(再生能力)が備わっていて、さまざまな医薬品や手術、抗がん剤、最先端医療などすべての医療は、自己修復能力を前提にしています。
 つまり病気やケガを治すのは最終的に主役である患者自身であり、全ての医療は人間がもともと持っている自己修復能力を促し、手助けするための手段、脇役だということです。
 再生医療はiPS細胞に代表されるように、さまざまに変化し分化する能力を持つ万能細胞を移植して、その細胞自体が傷ついた組織や臓器をリメイクしていきます。このため脇役的存在である医薬品による治療や、患部を修復したり摘出したりする手術などを必要としません。つまり再生医療は細胞の力で組織や臓器を新たに作り出す自己完結的な医療ということができます。
 これに対して、臓器移植や人工臓器などで失った機能を代替するのが「再生させる医療」です。現在人工心臓、人工肺、人工血管といったさまざまな人工臓器がありますが、人工関節や義手・義肢なども失った身体機能を再生させる医療に含まれます。
 「再生医療」と「再生させる医療」は似て非なるもので、両者は全く異なります。再生医療が「細胞」そのものが持つ能力を活用して組織や臓器をよみがえらせるのに対して、再生させる医療は、喪失した「機能」をプラスチックや合成繊維、金属、セラミックなどの人工的な材料で制作した人工臓器や義肢で代替させる医療です。
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