緩和ケアとターミナルケア【医療】

緩和ケアとターミナルケア


【救命・延命から自分らしい「死」へ】
 今年6月、乳がんにより闘病生活を送っていたアナウンサーの小林麻央さんが亡くなりました。最期の時間を家族とともに自宅で過ごしながら、日々の闘病生活をブログで発信し続けた小林さんの死を通して、在宅での緩和ケアについて考えてみました。

緩和ケアとターミナルケア - 日本のがん罹患率死亡率の推移 -
 1981年から、日本人の死因の第1位は悪性新生物(がん)です。1985年以降、日本人のがんの罹患率・死者数は上昇し続けており、2012年のがん患者数は1985年の2・5倍、がんによる死者数は2・0倍に達していますが、その主な原因は人口の高齢化にあります。半世紀前に比べると、80代以上のがん罹患率・死者数が増加しています。
 1990年代後半から、がんの生存率は上昇しており、がんは不治の病ではなくなりつつあります。しかし、罹患した部位によっては進行が早いため、政府はがんの早期発見を呼びかけ、早期治療を施すことでがんによる死者数の減少を目指しています。


- がん対策基本法の制定と緩和ケアの推進 -
 2006年6月に成立したがん対策基本法で、がん対策を大きく前進させるとともに、緩和ケアの重要性を打ち出しました。それまでのがん対策は、がんによる死者数を減らすことに重点が置かれていましたが、この法律では「すべてのがん患者およびその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上」を掲げ、がん患者や家族のQOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活や人生の質)の向上のために緩和ケアに取り組むべきとしました。
 がん治療の現場では、身体の痛みと心の不安をできる限り軽減する緩和ケアは、がんと診断されたときからはじめる重要なケアとなっており、その重要性は年々高まっています。
緩和ケアとターミナルケア - 緩和ケアとターミナルケアの違い -
 緩和ケアとは、生命を脅かす疾患に直面している患者とその家族に対し、痛みやその他の身体的問題、社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメント(事前調査)と対処(治療・処置)を行うことで、苦しみを予防し、和らげることで、患者のQOLを改善するケアのことです。
 これに対し、「ターミナル」は「終末期」という意味で、ターミナルケアとは、とくに死期が迫った患者へのケアを指します。ターミナルケアは、エンドオブライフ(End of Life)ケアとも呼ばれています。
 緩和ケアとターミナルケアは、どちらも患者の痛みを取り除くケアのため混同されがちです。緩和ケアは病気の治療と並行して行われるのに対し、ターミナルケアは余命がはっきりしたなかで、延命治療ではなく、死が訪れるまでの時間を穏やかに過ごせるように助けるケアです。緩和ケアの一部にターミナルケアが含まれるともいえるでしょう。

- 緩和ケアの種類 -
 緩和ケアの根幹は、病気により生じるさまざまな苦痛をコントロールすることにあります。その苦痛は、身体の苦痛だけではなく、病気になったことによる落ち込み・不安など心の苦痛も、緩和ケアの対象です。
 身体の苦痛には、痛み(疼痛)、吐き気、食欲不振、下痢や便秘、呼吸困難、脱水、腹水、だるさなどがあります。このような苦痛は、病気によって生じるだけではなく、病気の治療の副作用によっても生じます。これらの緩和は、患者の治療の継続、日常生活への復帰に向けた重要な前提条件となります。
緩和ケアとターミナルケア - 病院での緩和ケア ターミナルケア -
 中世ヨーロッパで旅人や巡礼者、孤児、病人などに安らぎと援助を行う場として生まれたのがホスピスです。20世紀に入ると、ホスピスは余命わずかな患者が最後の安らぎの時間を過ごす施設として、とくにヨーロッパで普及していきました。 現在のホスピスは、緩和ケア・ターミナルケアを専門に行う緩和ケア病院・病棟を意味しており、日本では大阪市の淀川キリスト教病院が初めて導入しました。2017年現在、全国で386施設・7904病床があります。2011年の調査によると、緩和ケア病院・病棟への平均入院期間は39・5日で、このうち亡くなる人の割合は約86%となっています。
 ただし、緩和ケア病院・病棟は、都市部に集中しています。そのため、患者自身が望んでも入院できない場合があります。また、入院までには一定程度の待機が必要な場合もあります。
 緩和ケア病棟への入院費用は、1日5万円程度ですが、健康保険が適用されるので、実際の患者負担はその1割あるいは3割になります。個室などに入った場合には、別途室料などを負担する必要があります。

- 住宅での緩和ケア ターミナルケア -
 緩和ケア病院・病棟ではなく、住み慣れた自宅で緩和ケア、ターミナルケアを受ける人が増えてきています。がんによる在宅死の割合は、2007年には6%程度でしたが、2015年には10・4%と急増しています。
 在宅での緩和ケア・ターミナルケアを実現するには、家族や訪問看護師、かかりつけの医師の力が重要になります。買い物や炊事・洗濯・掃除などの家事援助をはじめ、食事や排泄・入浴の介助などの介護、さらには薬の管理やたんの吸引などの医療ケアを一手に引き受けながら、24時間体制で患者を見守り、支える家族の負担は非常に大きく、医師や看護師は家族も支えていく必要があります。

- 子どものためのホスピス -
 難病などのために、長くは生きられない子どものためのホスピスも生まれました。1982年、イギリスに設置されたのが始まりで、日本でも2012年に初めて設置されました。
 子どものためのホスピスは、一般的な病院とは異なり明るく家庭的な雰囲気となっていて、患者と家族が生活を共にできるように設計されているのが大きな特徴です。両親に甘え、兄弟と遊び、最期まで子どもらしく生きることで、その子どもの短い人生を少しでも楽しいものにしたいという医療従事者や家族の思いがこもっています。
 日本に難病の子どもは20万人、うち死の危機と隣り合わせに生きる子どもは2万人いるといわれています。しかし、まだまだ子どものためのホスピスは数少なく、その拡充に向けて努力が進められています。
緩和ケアとターミナルケア 【在宅死から病院死へ 日本の「死」の100年を振り返る】
- 病院死が圧倒的に多い日本 -

 日本では、病院で亡くなること(病院死)が当然のように考えられています。しかしヨーロッパ諸国では、病院での死亡者数は5割程度で、日本に比べると自宅や介護施設での死が多くなっています。核家族化が進み、独居の高齢者が増えている日本では、家族に看取られながら住み慣れた自宅で死を迎えることは難しくなってきています。

- 自宅での死が当たり前だった100年前 -
 100年前の日本では、ほぼすべての人が自宅で死を迎えていました。当時の死因の多くが肺炎や胃腸炎などの感染症で、平均寿命は男性が42歳、女性が43歳でした。その後の医療や公衆衛生の向上により、日本人の平均寿命は、1947年にはじめて男女ともに50歳をこえました。この時期は医師による自宅への往診が主流で、入院施設も少なかったために、病院に入院して亡くなる人は、あまり多くありませんでした。
緩和ケアとターミナルケア - 国民皆保険制度の導入と高齢化社会 -
 1961年に国民健康保険法が施行され、すべての国民が保険制度のもとで等しく医療を受けられるようになりました。これ以降、急性期の病気では入院して治療を受けることが当然と考えるようになり、医者の往診は減っていきます。
 しかし、病院での治療で救命はできたものの、後遺症などで寝たきりになる高齢者も増えました。1973年に老人医療費が無料化されると(現在は有料)、寝たきり高齢者の受け入れ先として設置された老人病院に入院し、そのまま亡くなる高齢者が増えていきました。
 1975年には、病院での死亡数が自宅での死亡数をはじめて上回りました。以降、病院での死亡数は増加の一途をたどっています。このように病院で亡くなることが当たり前になったことで、死を身近に感じ取る機会は少なくなっていったといえます。

- 自宅での死が「異状死」扱いの日本社会 -
 なぜ日本では自宅死が増えないのでしょうか。その背景には、死亡診断書の発行に関わる問題があります。日本では、人が亡くなった際には、医師が発行した死亡診断書がないと、正式に死亡が認められず、火葬もできません。病院で亡くなればすぐに死亡診断書が発行されるので、救急車などで病院に搬送して病院で死亡を確認してもらう方が、より簡単なのです。
 自宅で亡くなった際には、かかりつけの医師がいない場合、不審な死=「異状死」として扱われ、死体検案書が必要となります。 死体検案書を発行するのは警察医なので、死後に事件性がなくても警察が介入する事態になってしまいます。確かに事件や不慮の事故で亡くなる例もありますが、眠ったまま安らかに亡くなっていた場合でも、警察が介入することで、残された遺族は違和感やつらい思いを抱くこともあります。
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