始まった究極の個別化医療「ゲノム医療」【医療】

始まった究極の個別化医療「ゲノム医療」


【遺伝情報を活用してがんや難病を克服】
 遺伝情報(ゲノム)を分析して患者一人ひとりに最適な治療を行う、究極の個別化医療といわれる「ゲノム医療」が今年度から全国でスタートしました。とくにがんに関連した114種類の遺伝子の変異を一度に調べられる検査法が厚生労働省によって「先進医療」に指定され、健康保険適用への道が開かれました。遺伝情報を調べて最適ながん治療が可能となる「がんゲノム医療」に大きな期待が寄せられています。遺伝情報を活用したゲノム創薬や、いまだ有効な治療法が確立されていない難病の克服に向けた次世代のゲノム医療を展望してみました。

始まった究極の個別化医療「ゲノム医療」 - 遺伝情報が刻まれた23対のヒモ状の染色体 -
 ヒトの体は37兆個とも60兆個ともいわれる膨大な数の細胞から形成されています。その細胞の一つひとつに核があり、その核の中に遺伝情報が刻まれた23対(46本)のヒモ状の染色体が収まっています。
 複雑な人体も、もともとは1個の受精卵が始まりです。受精卵は分裂を重ねて血液や骨や臓器の細胞となってそれぞれの役割を担っていきます。細胞の核にある染色体は、体の設計図といわれるDNAが、ヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いてできた構造になっています。
 DNAは染色体の構造をとることで、細胞分裂の際にも破壊されることなく、各細胞に遺伝情報を正しく伝えているのです。

- DNAのらせん状の塩基配列は体の設計図 -
 DNAはデオキシリボ核酸とよばれる遺伝情報をもった鎖状に連なった化学物質です。この遺伝情報によって体の細胞や器官、臓器が作られることから、DNAは「体の設計図」ともいわれます。DNAによって子孫に受け継がれる特徴を「遺伝子形質」と呼び、その遺伝子形質を決める因子を「遺伝子」といいます。
 DNAにはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基が二つずつ対になってらせん状に配列されており、この「塩基配列」が遺伝情報として作用しているのです。
 ヒトのDNA塩基配列は約30億対ありますが、99.9%が同じで残りの0.1%が異なるといわれます。この配列のわずかな違いが容姿や性格、体質などの個人差となって、一人ひとり異なった個性を生み出しています。
始まった究極の個別化医療「ゲノム医療」 - 2003年にヒトのゲノム(遺伝情報)が解読 -
 ゲノムというのは、DNAに含まれるすべての遺伝情報のことです。ゲノム(genome)の語源は、遺伝子(gene)とラテン語で「すべて」を意味する(lome)を合わせた造語です。
 1990年にアメリカを中心に、イギリス、日本、フランス、ドイツが連携してヒトのゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクト「ヒトゲノム計画」がスタートしました。2003年4月に4種類の塩基が約30億対配列された、生命の設計図である膨大なDNAの遺伝情報(ゲノム)が解読されました。
 このゲノムを網羅的に調べ、その結果をもとにより効率的、効果的に病気の診断や治療を行うのがゲノム医療です。近年ゲノム研究の目覚ましい進展で、病気と遺伝情報との関わりが次第に明らかになってきました。
始まった究極の個別化医療「ゲノム医療」 - 今年度から「がんゲノム医療」が本格導入 -
 今やがんは2人に1人が罹患する国民病となり、3人に1人ががんが原因で死亡しています。厚生労働省によると、年間約87万人ががんを発症し、約37万人が亡くなっています。
 現在ヒトの遺伝子は全部で約2万5000個あることが分かっています。特定の染色体や遺伝子の異変を調べる遺伝子検査が、今後のがん診療に極めて重要な役割を演じます。
 今年になって厚生労働省は、がん患者の遺伝子を調べて治療を行う「がんゲノム医療」の本格的な導入を始めました。4月には全国11カ所の中核拠点病院と100カ所の連携病院を決定しました。
 また、がんに関連した114種類の遺伝子の変異を一度に調べられる遺伝子検査(遺伝子パネル検査といいます)を、保険診療と併用できる「先進医療」に指定し、一部の診療費に健康保険が適用されることになりました。遺伝子検査は19年度に保険適用の予定です。

- がんの診断に遺伝子検査が加わる -
 がんは遺伝子の変異が原因で起こりますが、同じ臓器でも変異のタイプは何種類もあります。また違う臓器でも変異のタイプが同じという場合もあります。例えば肺がんの患者の遺伝子に乳がんの患者と同じ変異があれば、乳がんの薬が効果的となります。
 これまでのがん治療は、血液検査や組織検査、画像診断などの結果をもとに、①手術(外科治療)②薬物療法(抗がん剤治療)③放射線治療が中心に行われてきました。
 これからはがんの診断に遺伝子検査が加わり、遺伝情報(ゲノム)に基づいた手術や薬物療法を行うことができます。同じ肺がんでも原因となる遺伝子はさまざまで、対応する薬も異なります。
 ゲノム医療では遺伝情報の解析によって原因となる遺伝子の変異を突き止め、それに応じて副作用の少ない効果的な薬を選択できるようになります。
始まった究極の個別化医療「ゲノム医療」 - 患者の体質や病気の特性に合わせた治療 -
 ゲノム医療のベースとなる遺伝子検査は、特定の染色体や遺伝子に何らかの変異が起こっていないかを調べる検査です。遺伝子検査は主として①悪性腫瘍(がん組織)②ヒトに感染症を引き起こす病原体③薬に対する副作用や遺伝性疾患を対象としています。
 また遺伝子検査によって、その時点では発症していない家族や相談者が、将来遺伝性疾患を発症する可能性(発症前診断といいます)や、生まれてくる子供が遺伝性疾患を持つ可能性(非発症保因者診断といいます)を調べることができます。
 ゲノムを細かく調べることで、その患者の体質や病気の特性に合わせた治療ができるとともに、あらかじめ遺伝子検査を行うことで、病気の予防ができるようにもなります。

- 課題は遺伝情報の徹底管理と社会的整備 -
 こうした一方で、遺伝子検査を巡る問題点も指摘されています。アメリカの女優、アンジェリーナ・ジョリーが遺伝子検査によって乳がんの発生率が87%と診断されたため、両方の乳房の摘出手術をして話題を集めました。
 遺伝子検査で自分が陽性の場合、親や子供たちにも同じ遺伝子変異がある確率は50%となります。遺伝子の変異が血縁者に継がれる可能性があるがんを「家族性腫瘍」といいます。それは乳がんや卵巣がんだけでなく、大腸がんなど他のがんにも存在することが分かっています。
 遺伝子検査によって遺伝子の変化が明らかになれば、当事者や血縁者に就職や出産、結婚などの局面で新たな社会的偏見を生み出す恐れがあります。
 間違った知識からくる偏見や不利益に遭遇することのないよう、究極の個人情報であるゲノム(遺伝情報)管理の徹底、制度的な整備が急がれます。

- 将来はオーダーメイド医療の遺伝子治療へ -
 ヒトのゲノムを解析することで、特定の病気には特定の遺伝子が関わっていることが分かってきました。また病気の原因となる遺伝子が特殊なたんぱく質と関わっていることも解明されてきました。
 こうした遺伝子レベルでの治療を遺伝子治療といいます。現在がんや動脈硬化などを中心に研究が進んでいます。がんの場合、がん細胞にがんを抑制する遺伝子や免疫を高める遺伝子を組み込んでがんを抑え込んだり、骨髄細胞に抗がん剤の副作用を抑える遺伝子を組み込んで、抗がん剤の副作用を抑制する研究が行われています。
 今後医療は患者一人ひとりに最適な個別化医療の方向に進むと見られます。現在文部科学省を中心に、将来の医療を見据えて約20万人のDNAや血清などをバイオバンクに集めて、個々の遺伝子情報の差異(SNP)と病気、薬の効用や副作用などの関係を究明する「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」が進行中です。
【ゲノム創薬とは】
- 患者の体質や病気の特性に応じた薬を創る -
 ゲノム(遺伝情報)のデータベースを活用して、病気の原因となる遺伝子やその遺伝子が作り出すタンパク質の情報を調べ、タンパク質に結合する分子や抗体から薬を創ることを「ゲノム創薬」といいます。
 今までの治療は不特定多数の患者を対象としていましたが、ゲノムを細かく調べることで、患者の体質や病気の特性に合わせた治療を行うことができます。病気の原因となる遺伝子やタンパク質にピンポイントに作用するため、副作用が少なく効果の高い薬が期待されます。
 また遺伝情報から病気に関係する遺伝子を探り出してターゲットを絞り込んで薬を開発するため、短期間で効率よく創薬することができます。ゲノム創薬は遺伝子レベルで病気を治療する手法なので、がんをはじめこれまで難病とされてきた、原因や治療法が分からない疾患の治療に期待が寄せられています。

【ゲノム編集】
- 遺伝情報を操作して新たな形質を作り出す -
 生物の設計図ともいわれるゲノムを改変して遺伝情報を操作することを「ゲノム編集」といいます。遺伝情報を操作して過酷な環境下でも栄養価の高い作物を栽培したり、難病を克服する健康な体を作り出すなど、人間社会にとって有益な形質を生み出すことを目的としています。
 ゲノム編集では対象となる遺伝子をピンポイントで狙い、遺伝子組み換えに比べて数千倍の高い精度で遺伝子操作が可能です。生物の特性を変えるため、DNAに切り込みを入れて特定の遺伝子の機能を停止させたり、別の遺伝子を組み込んだりします。
 ゲノム編集は農作物の改良だけでなく、難病の筋ジストロフィーの治療効果をもたらしたり、エイズウイルス患者の免疫力を飛躍的に高めるなどの研究成果が上がっています。
 しかし生命倫理の観点から、「人間の遺伝子を操作することは許されるのか?」という問題提起がなされています。

【個人情報と遺伝情報】
- 遺伝情報の利用には本人の同意が必要 -
 遺伝情報は取扱いに細心の注意が必要な個人情報です。しかも住所や電話番号、メールアドレスといった個人情報が「変更できる」のに対して、遺伝情報は「変更できない」究極の個人情報であるという点に大きな違いがあります。
 経済産業省では「個人遺伝情報保護ガイドライン」を定めて個人の識別が可能な情報を「個人遺伝情報」と定義し、その取扱いについては本人への十分な事前説明(インフォームドコンセプト)を行って利用目的を明らかにし、本人の同意を書面で取ることとしています。さらに、安全管理のため匿名化管理者を設置し、血液や組織などの試料を個人が特定できないように匿名化することを義務づけています。
 また厚生労働省はゲノムに関する情報を①遺伝子を構成する4種類の塩基配列の「ゲノムデータ」②塩基配列を基に人が病気になりやすい体質などの分析・解釈を加えた「ゲノム情報」③子孫に受け継がれるゲノムの「遺伝情報」の3つに区分しています。
 2017年5月に施行された改正個人情報保護法では、ゲノムを個人情報の一種とみなして名簿情報と同じように、第三者への提供はあらかじめ本人の同意を得ることが義務付けられています。
バナー
デジタル新聞

企画特集

注目の職業特集

  • 歯科技工士
    歯科技工士 歯科技工士はこんな人 歯の治療に使う義歯などを作ったり加工や修理な
  • 歯科衛生士
    歯科衛生士 歯科衛生士はこんな人 歯科医師の診療の補助や歯科保険指導をする仕事
  • 診療放射線技師
    診療放射線技師 診療放射線技師はこんな人 治療やレントゲン撮影など医療目的の放射線
  • 臨床工学技士
    臨床工学技士 臨床工学技士はこんな人 病院で使われる高度な医療機器の操作や点検・

[PR] イチオシ情報

媒体資料・広告掲載について