「ワクチン・ギャップ」解消に向けて【医療】

「ワクチン・ギャップ」解消に向けて


 【感染症から個人や社会を守るために】
 人類を感染症から守ってきたワクチンの接種率が低下し、はしかなどの感染症の世界的大流行がはじまっています。とくに日本は、世界でも利用できるワクチンの種類が少なく、接種方法もさまざまな制約を受けているため、世界との「ワクチン・ギャップ」が問題になっています。日本と世界のワクチン事情から、今後のワクチン接種のあり方を考えます。

「ワクチン・ギャップ」解消に向けて - 世界的な「はしか」蔓延 -
 2019年2月、日本ではしかの流行が報じられ、2月13日時点で全国に167人の感染者が明らかとなりました。流行は日本にとどまらず、世界保健機関(WHO)は、19年1月から3月までのはしか感染者が前年同時期の3倍に達したと発表して、流行の拡大に警鐘を鳴らしています。ウイルス性疾患のはしかの感染ルートは、空気感染、飛沫感染、接触感染です。はしかの感染力は、エボラ出血熱や結核、インフルエンザよりも強く、しかも特定の治療法がないため、体力のない子どもにとっては命取りになりかねません。
 有史以来、人類ははしかなどのさまざまな感染症と闘ってきました。人類が根絶した唯一の感染症である天然痘は、ヨーロッパ人によってアメリカ大陸に持ち込まれ、天然痘への免疫がなかったインカ帝国やアステカ帝国で猛威をふるい、両文明を滅亡させました。
 14世紀にヨーロッパで大流行したペスト(黒死病)で、ヨーロッパの人口の3分の1が死亡し、政治や経済にも混乱をもたらしました。 毎年猛威をふるうインフルエンザも古くからある感染症で、1918年の大流行(通称スペイン風邪)では、当時の世界人口18億人のうち5000万人以上が死亡しています。
「ワクチン・ギャップ」解消に向けて - ワクチンの原理 -
 このような恐ろしい病気への感染を防ぐために開発されたのがワクチンです。ワクチンの語源は、ラテン語のVariolaevaccinae(牛痘)です。古代以来、最悪の感染症として猛威をふるっていた天然痘に、牛の感染症である牛痘にかかった人は感染しないことに気づいたジェンナーが、1798年に牛痘を人に接種して天然痘の予防を実証したことに由来します。ジェンナーが、病原体を体内に入れることで新たな感染を防いだように、ワクチンは体内に病原体を入れて病原体に対抗する抗体を作り、その抗体が新たな病原体の侵入を防ぐ仕組み(免疫)に基づいて作られます。
 現在使用されているワクチンは、生ワクチン、不活化ワクチン、トキソイドの3種類です。生ワクチンは、病原体となるウイルスや細菌の毒性を弱めたもので作られ、接種したウイルスや細菌が体内で増殖して免疫を高めるため、接種回数が少なくても十分な免疫が得られます。
 不活化ワクチンは、病原体となるウイルスや細菌の感染能力を失わせた(不活化)もので作られ、免疫を得るには数回の接種が必要です。トキソイドは、病原体となる細菌から毒素を取り出したもので作られており、やはり免疫を得るには数回の接種が必要です。

- 予防接種法の制定 -
 敗戦直後の日本では、衛生状態や栄養状態の悪さから感染症の流行が続きました。政府は社会を感染症の脅威から守るため、1948年に予防接種法を制定し、天然痘、百日咳、腸チフスなど12疾病について予防接種を義務づけました。対象者全員に強制的に予防接種を受けさせることで、社会全体に免疫をつける「集団免疫」を達成するためでした。予防接種をしなかった場合には罰則も設けられ、その結果、60年代以降、日本では感染症による死亡者が減少しました。
 しかし60年代後半からは、予防接種による種痘後脳炎などの深刻な健康被害が問題となります。70年に天然痘ワクチンの予防接種で後遺症が残った人たちが、行政に損害賠償を求める集団訴訟を起こし、これ以降、国が義務化してきた他のワクチンについても同様の訴訟が相次ぎます。76年に改正された予防接種法からは、罰則がなくなるとともに健康被害に対して、国や自治体が救済の義務を負うことが明文化されました。

- 予防接種の「谷間」世代 -
 1992年に出された予防接種被害集団訴訟の控訴審判決は、行政の責任を認め、国に損害賠償の支払いを命じました。この司法判断をきっかけに、国はワクチン接種に及び腰になっていきます。94年の予防接種法改正では、予防接種は「義務」ではなく「努力義務」とされ、学校などでの集団の予防接種から、個人(保護者)が予防接種によるリスクを理解して接種に同意する個別接種へと方針が転換します。
 個別接種に移行したことで、予防接種の接種率は低下し、社会を感染症から守るための「集団免疫」の達成という予防接種法の目的は果たされなくなり、生まれた年によっては、ワクチン接種の機会がなく免疫ができなかった世代が現れました。
 2013年の風疹の大流行は、このような予防接種の「谷間」世代を直撃しました。過去に風疹の予防接種の機会がなかった当時35~51歳の男性と、予防接種の実施率の低かった26~34歳の男女に患者が集中したのです。18年からふたたび風疹の流行がはじまり、政府は19年度からの3年間、1962年4月2日から79年4月1日までに生まれた男性を対象に、無料で風疹ワクチンを接種することになりました。
 妊娠初期の女性が風疹にかかると、目や耳、心臓に障害が起きる先天性風疹症候群にかかった子どもが生まれることがあります。19年1月には、国内で5年ぶりに先天性風疹症候群の患者が確認され、流行の拡大防止が急務となっています。
「ワクチン・ギャップ」解消に向けて - 立ち後れが目立つ日本の予防接種政策 -
 日本の予防接種は、予防接種法で接種年齢が定められている定期接種(ほとんどの自治体で無料)と、予防接種法に規定がなく、接種するかどうかが個人の判断に任されている任意接種(費用は全学自己負担)にわけて実施されています。子どもがよくかかるおたふくかぜやロタウイルスのワクチンは任意接種のため、毎年のように流行が繰り返されます。15年と16年の2年間で、少なくとも348人がおたふくかぜによる難聴になっています。
 先進国でおたふくかぜワクチンやロタウイルスワクチンが定期接種となっていないのは日本だけで、日本の予防接種政策は世界から後れをとっています。欧米では1980年代後半からヒブや肺炎球菌など、感染すれば後遺症の残る可能性のある病原体のワクチン接種が実現していましたが、日本での接種の実現は08年(ヒブワクチン)、09年(肺炎球菌ワクチン)までずれ込みました。

- ワクチン接種と副反応 -
 ワクチン接種によって抗体ができると、新たな病原体の体内への侵入を防ぐことができますが、発熱や発疹などの体調の変化が起きる場合があります。この体調の変化を副反応といい、多くの場合は2~3日でおさまります。
 近年では、子宮頸がん予防(HPV)ワクチンの接種後、原因不明の痛みや体調の急変を訴える副反応の事例が相次ぎ、2013年6月に厚生労働省がHPVワクチン接種の積極勧奨を中止しました。後遺症を負った被害者は、国を相手取って集団訴訟を起こして現在も裁判中です。HPVワクチンの副反応による被害なのか、別の原因による被害なのか、原因を明らかにする調査や研究も続けられています。子宮頸がんによる死者は日本国内で年間3000人に及び、WHOは積極勧奨の再開を日本政府に呼びかけていますが再開には至っていません。

- 世界のワクチン事情 -
 高校まで義務教育のアメリカでは、入学前にワクチン接種を終えることが義務づけられており、接種していない場合は入学できないなど、ワクチン接種を重視しています。しかし、ワクチン先進国のアメリカでも、はしかの流行が問題となっています。アメリカでの感染拡大の原因の一つは、フェイスブックやユーチューブなどのSNSで発信される「フェイクニュース」にあります。ワクチンは危険だという嘘の情報を発信する人や団体が後を絶たず、その情報を信じ込んだ人が、子どもに予防接種を受けさせないケースが相次ぎ、感染が拡大していったのです。WHOは、2019年の「世界の公衆衛生上の脅威」の1位に、反ワクチン運動家をあげています。私たちも、フェイクニュースにだまされないよう情報の出所を確認したり、情報の信憑性を判断したりする力を養う必要があります。
 フランスでは、2018年以降、2歳までに11種類のワクチン接種が義務づけられました。これに違反すると託児所や保育所が利用できないだけではなく、保護者にも罰則が設けられています。イタリアでも、ワクチン接種を済ませていない子どもの就学が禁止されました。

- 接種者を増やすためには? -
 小学校入学までに10種類のワクチンを接種する日本の定期接種のスケジュールは、保護者に大きな負担を強いています。接種間隔をあける必要があったり、37・5度以上の発熱があると接種できないなどの制約があるからです。日本では不活化ワクチンを接種した場合、次の接種まで中6日以上の間隔を空けると決められていますが、世界ではそのような制限はありません。
 日本では、数種類のワクチンを同時に接種する同時接種が制限され、数種類のワクチンを混ぜた混合ワクチンの認可が進んでいないことも、接種の負担を大きくしています。日本で接種できる混合ワクチンは、4種混合ワクチン(百日咳・ジフテリア・破傷風・不活化ポリオ)までで、生後3か月からの接種と決まっています。ドイツでは6種混合ワクチン(百日咳・ジフテリア・破傷風・不活化ポリオ・ヒブ・B型肝炎)を生後2か月から接種しています。アメリカでは生後2か月から、3種混合(百日咳・ジフテリア・破傷風)・ヒブ・肺炎球菌・不活化ポリオ・B型肝炎・ロタウイルスの6種類のワクチンの同時接種が可能です。同時接種や混合ワクチンの利用は、接種回数が少なくてすむため、接種に付き添う保護者の負担だけではなく接種を受ける子どもの負担も軽くできます。
 任意接種は、費用が全額自己負担になるため、経済的事情で接種できない人も出てきます。インフルエンザでは、重症化しやすい高齢者は定期接種の対象になっていますが、免疫がつきにくいため2回接種が必要な子どもは任意接種のため、家庭の金銭的負担が大きくなります。
 毎年インフルエンザによる学級閉鎖がニュースになっています。アメリカのように子どもへの定期接種も検討する必要があるでしょう。
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