がん征圧に挑む最新医療を探る【医療】

がん征圧に挑む最新医療を探る


 【第4のがん治療「がん免疫療法」とは】
 昨年京都大学特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)博士が、がん細胞と免疫システムの研究でノーベル医学・生理学賞を受賞し、改めてがんの免疫療法がクローズアップされています。本庶博士の研究を応用したがん免疫薬「オプジーボ」が世界で話題を集めており、さらに新たながん免疫薬が相次ぎ登場してきました。手術、化学療法(抗がん剤)、放射線治療に続く「第4のがん治療」と呼ばれるがん免疫療法とはどういうものなのでしょうか。がん征圧に挑む最新医療を追いながら、実用期に入ったといわれるがん免疫療法について考えて見ました。

がん征圧に挑む最新医療を探る - 遺伝子のコピーミスでがん細胞が発生する -
 日本人の2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなるといわれます。長らく死因のトップに位置するがんは、今や日本の国民病ともいえます。
 私たちの体は37兆個とも60兆個ともいわれる膨大な数の細胞でできており、絶えず分裂することによって新しく生まれ変わっています。
 細胞分裂は、細胞の設計図である遺伝子をもとにコピーされることで起こりますが、発がん物質など何らかのトラブルの影響で遺伝子が突然変異し、「コピーミス」が起こることでがんが発症するといわれます。 
 健康な成人でも一日に3000~5000個のがん細胞が生まれているといわれ、本来ならこうしたがん細胞は免疫細胞によって撃退されます。しかし、何らかの理由で免疫細胞の力(免疫力)が低下したり、がん細胞が免疫細胞の働き(免疫システム)を弱めて免疫をくぐり抜けると増殖を繰り返し、がん腫瘍に発展して命を奪うことになります。
がん征圧に挑む最新医療を探る - 免疫システムを活性化させてがん細胞を攻撃する -
 私たちはもともと〝異物〟であるがん細胞を撃退する免疫力を持っています。がん細胞だけでなく、風邪のウイルスや食中毒を引き起こす大腸菌などが体内に入ると、これら「侵入者」を免疫細胞が排除します。
 ところが、がん細胞を攻撃する免疫細胞の力は加齢とともに衰えていきます。また、ストレスが増大したり食生活や生活習慣の乱れによっても免疫力が低下し、がん細胞が増殖しやすくなります。こうして免疫細胞の網をくぐり抜けたがん細胞は無限に増殖を繰り返していきます。
 このため、弱った免疫システムを再度復活させて、増加したがん細胞を攻撃してがんを征圧しようというのががん免疫療法の基本的な考えです。こうした働きを科学的に活性化させて、がんの治療に応用したのががん免疫療法です。

- 本来自分が持っている免疫力でがんと闘う -
 現在一般的に行われているがん治療は、「三大治療」と呼ばれる外科治療(手術)、化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療を指します。
 三大治療が外部からの力を借りてがんを治療するのに対し、免疫療法は本来体が持っている免疫力(免疫細胞)を活かしてがんと闘う治療法です。
 免疫療法は他の三大治療ほどの即効性はない場合がありますが、がんと闘う働きが長時間持続する利点があります。白血病をはじめ手術が不可能な状態のがんも自分自身の免疫力によって治療するので、体力があり免疫力が衰えていない早い段階での病気に用いるとより免疫療法の特徴が生かされます。
 手術や抗がん剤、放射線といった従来の治療法と組み合わせて免疫療法を行うこともできます。

- 多くの免疫療法に確かな有効性が認められていない -
 免疫療法は以前からも多くの手法が報告されています。初期のがん免疫療法は体全体の免疫を高める仕組みで、「非特異的がん免疫療法」と呼ばれています。これに対し1990年代に入ってがん免疫療法は、特定のがん細胞を狙って攻撃する「特異的がん免疫療法」へと進化しました。
 ただこれまでの研究では、ほとんどの免疫療法が有効性(治療効果)を明確に認められてはいません。免疫療法はまだ発展途上の治療法で、現在も有効性(治療効果)が科学的に証明されていない免疫療法が多数存在します。
 例えば、がん細胞の目印となる抗原を体内に投与することで、免疫システムががん細胞を攻撃しやすくする「がんワクチン療法」があげられます。
 また、患者の血液から採取したT細胞の中からがん細胞を攻撃する因子を培養し、体内に戻す「がんT細胞療法」があります。このほかがん細胞を叩く力を高めるさまざまな免疫療法が研究されていますが、これまでのところ、確実な治療効果を示すものは少ないとされています。
がん征圧に挑む最新医療を探る - 免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」登場 -
 ノーベル賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授は、免疫細胞ががん細胞を攻撃する免疫のブレーキとなっている「PD-1」という分子を発見しました。がん細胞がこの分子に結合すると免疫細胞は静かになってがんを攻撃しません。
 本庶特別教授は、「PD-1」という分子を免疫細胞の表面上で発見して1992年に発表しましたが、後にこの分子ががんを叩く免疫機能を抑える働きをすることを突き止めました。この研究成果をもとに、がん治療に有効性を発揮する「オプジーボ」と呼ばれるがん免疫薬が実用化されました。
 「オプジーボ」は抗PD-1抗体という成分によってがん細胞とPD-1の結合を阻止し、これによって免疫細胞ががん細胞を攻撃するというもので、免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれます。2014年に国内で承認されました。
 「オプジーボ」はがん末期でも劇的に改善するケースがありますが、投薬して効く患者は2〜3割で効き目に個人差があります。しかも薬代が年間約1000万円以上にのぼり、投薬期間に定まった基準がなく、医師が患者の要望などをもとに判断しているなど課題が多いようです。
がん征圧に挑む最新医療を探る - 若年性の白血病を治療する新製剤「キムリア」 -
 「オプジーボ」に続いて新たな免疫療法が次々開発されています。その代表的なものに、免疫細胞を活用して若年性の白血病を治療する新製剤「キムリア」があります。今年3月に厚生労働省が製造販売を承認しました。さらに、5月には医療保険適用が決まり、患者が比較的安価に使用できるようになりました。患者から採取した免疫細胞(T細胞など)を遺伝子操作して体内に戻し、がん細胞を攻撃させる仕組みです。
 「キムリア」は、CAR-T細胞(キメラ抗原受容体T細胞)と呼ばれる免疫細胞を使ったがん免疫治療製剤で、特定の難治性の血液がんに対して高い治療効果があるといわれます。2017年に米国で実用化され、欧州でも承認されています。
 臨床試験では再発の可能性が高く、抗がん剤が効きにくい難治性の「B細胞性急性リンパ芽球性白血病」の8割でがん細胞が無くなったといわれます。
 同じく難治性の「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)」でも、約5割に治療効果が確認されたとしています。
 「キムリア」はCAR-T細胞を使ったがん免疫治療製剤の第1号となるもので、対象となる患者は年間約250人。全国で約200の病院で治療が可能といわれます。

- 目印のタンパク質や遺伝子でがんの特性を調べる -
 免疫の働きをがん治療に利用する取り組み
は古く、1970年代には膀胱がんを対象にしたBCG(ウシ型弱毒結核菌)療法や丸山ワクチンが登場し、その後がんワクチンなど多くの免疫療法が試みられました。しかし科学的にその有効性が確かめられたものはほとんどありませんでした。
 2014年に発売された免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ」は、がん免疫療法が手術や抗がん剤投与、放射線治療に続く第4のがん治療法としての道を開いたといわれます。
 現在までのところ、科学的に有効性が確認された免疫療法についても、すべての患者に効果があるわけではありません。
 治療効果や身体への影響などを予測する診断法の開発や、がん細胞や免疫細胞に存在するバイオマーカー(目印)となる遺伝子や、たんぱく質によるがんの特性を調べる研究が進められています。

【体を守る免疫力】
- ストレスが免疫力を低下させる -
 私たちの体には、がん細胞や細菌、ウイルスなどを「異物」として侵入を防いだり、排除して体を守る抵抗力が備わっています。この仕組みを免疫といいます。インフルエンザワクチンなどは、この免疫力を利用したものです。免疫システムは15歳までに出来上がり、20歳を超えるとその力は低下していきます。
 免疫で中心的な役割を果たすのが、血液の中にある免疫細胞の一つである白血球です。白血球と、白血球に異物の情報を伝える役割を果たす樹状細胞を総称して免疫細胞と呼んでいます。体内で免疫力をつかさどる白血球は、血液1立方ミリメートルの中に4000~8000個含まれ、リンパ球、マクロファージ、顆粒球の3種類に分かれています。
 まずマクロファージが細菌や異物を察知し、サイトカイン(生理活性物質)を出してリンパ球に信号を出します。リンパ球のNK細胞が常に体中をパトロールして細菌を見つけ出して破壊したり異物を食べたりします。さらに異物が体内に侵入すると、顆粒球が集まってきて異物を包み込み、消化酵素で分解して処理します。
 私たちの体を守ってくれる免疫はすばらしい働きをしますが、ストレスに弱いという弱点があります。悩みや心配などの精神的ストレスが昂じると自律神経のバランスを乱し、免疫力が低下すると考えられています。
 免疫力が下がるとウイルスや感染症などにかかりやすくなり、花粉症やじんましん、アトピーなどのアレルギー症状が生じやすくなります。さらに下痢をしやすくなったり疲れやすくなったりします。
 免疫力を高めるには腸内環境を整えるとともに、体を温めて適度な運動を欠かさず、ゆっくり入浴、ぐっすり睡眠が大切といわれます。思いっきり笑うことで免疫細胞が活性化されるという研究データも報告されています。

【がん免疫療法の種類】
- 免疫細胞の活性化持続法と免疫力強化法 -
 一般的にがん免疫療法は大きく、免疫細胞の活性化を持続させる方法と、活性化物質を投与して免疫力の強化を図る方法に分けられます。
 がん細胞は体内の免疫(T細胞など)にブレーキをかけて、免疫の監視の網をくぐり抜けて増殖を続けようとします。「オプジーボ」に代表される免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞が免疫細胞の働きにブレーキをかけるのを防ぎ、免疫細胞の活性化を持続させようとするものです。現在、一定の効果があるとされる免疫療法の多くはこの分類に属します。
 私たちの体は免疫によって異物を体から排除しますが、免疫が強すぎると自己免疫疾患やアレルギー疾患になるので、自らの免疫反応を抑制する仕組みを備えています。がん細胞は、免疫細胞の表面にある「免疫チェックポイント」という免疫を抑制するタンパク質(受容体)に結合して、免疫の監視を逃れようとします。「免疫チェックポイント阻害薬」は、がん細胞が免疫チェックポイントに結合しないようにして免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくするものです。
 これに対して活性物質の投与による免疫力強化法は、免疫細胞を活性化させる物質を投与することで体内の免疫力を強め、免疫細胞を活性化させてがん細胞を攻撃します。サイトカイン療法やBRM(免疫機能補助)療法、がんワクチン療法といわれるものがこれに該当します。
 サイトカイン療法はインターフェロンやインターロイキンで知られるたんぱく質の一種を投与するものですが、がんワクチン療法やBRM療法などとともに、安全性や有効性についてさらに高い検証が求められています。
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