臓器移植医療の現実と課題を追う【医療】

臓器移植医療の現実と課題を追う


【死と向きあって命をつなぐ臓器移植】
 事故や病気で心臓や肝臓などの臓器が機能しなくなった場合に、他者の健康な臓器を移植して機能を回復させる臓器移植医療。わが国では1997年10月施行の「臓器移植法」で臓器移植が可能となり、2010年7月の「改正臓器移植法」で家族の承諾があれば脳死状態での臓器提供ができ、15歳以下の子供でも臓器移植が可能となりました。
 改正臓器移植法が施行されて10年を迎えますが、実際に脳死した人からの臓器提供は年間98件(2019年実績)にとどまっています。日本は世界各国に比べて臓器移植医療が大きく遅れているといわれます。死と向き合って新たな命をつなぐ臓器移植の現状と問題点を考えてみました。

臓器移植医療の現実と課題を追う - 臓器移植は〝命をつなぐ〟医療 -
 臓器移植には、健康な人から肺、肝臓、腎臓などの部分提供を受けて移植する「生体移植」と、亡くなった人から臓器提供を受けて移植する「死体移植」があります。
 さらに死体移植は、心臓が停止してから移植する「心臓死移植」と、脳死の段階で移植する「脳死移植」の2つに分かれます。
 日本は1997年10月に「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)が施行されました。さらに2010年7月に臓器移植法が改正されて、本人の臓器提供の意思が不明でも、家族が承諾すれば脳死状態での臓器提供ができるようになりました。また15歳未満の子供からの提供にも道が開かれました。
 臓器提供の意思表示をしている人が事故などで脳死判定を受け、家族も臓器提供を承諾すると、日本臓器移植ネットワーク(JOT)に連絡が行き、提供される臓器をどの患者に移植するかが決まります。そしてドナー(臓器提供者)から摘出された臓器が、全国のレシピエント(臓器を受け入れる患者)のもとへ運ばれます。
 まさに臓器移植は〝命をつなぐ〟医療と言えます。
臓器移植医療の現実と課題を追う - 臓器移植認定は約900施設。うち心臓移植は10施設 -
 一人のドナーから取り出す臓器は、心臓、すい臓、小腸が各一つ。肺、腎臓、眼球(角膜)が各二つ、それに肝臓も場合によっては二つに分割して供給することができます。心臓が停止した死後の臓器提供は眼球や腎臓などが中心で、手術室が完備されていればどこの病院でも可能です。
 しかし、腎臓、眼球以外の臓器は心停止後の移植は難しく、脳死時点での移植が望ましいとされています。
 臓器移植法の運営に関する指針(ガイドライン)によりますと、脳死で臓器提供ができる施設は、「適正な脳死判定を行う体制があること」などが必要で、大学病院や救命救急センターとして認定された病院など約900の医療施設に限られています。
 しかも心臓の場合、国内で臓器移植が認められているのは東京大学病院のほか、国立循環器病研究センターや東北大学病院など8都道府県の10施設に限られています。

- 日本初の心臓移植は1968年に札幌医大で -
 1968年8月に札幌医大で和田寿郎教授によって、日本で最初(世界で30例目)の脳死による心臓移植が行われました。
 海水浴場でおぼれた21歳の大学生を脳死と判定し、提供された心臓を18歳の少年に移植しました。少年は手術後に死亡しましたが、その後「ドナーは本当に脳死状態だったのか」、「少年は真に移植を必要としていたのか」、などさまざまな疑念や問題点が指摘されました。
 当時、脳死と臓器移植に関して強い不信感が生まれ、和田教授が「殺人罪」で告発(結果は不起訴)されるなど、これを機に日本では臓器移植のハードルが高くなりました。
 以来30年以上もの間臓器移植が行われない空白期間が生まれ、日本の臓器移植医療は停滞を続けました。
 この間、世界各国で臓器移植によって多くの患者が救われている事例が報告され、日本でも脳死による臓器移植の必要性が叫ばれるようになりました。
 そして1997年10月に脳死による臓器提供を可能にする「臓器移植法」、さらに2010年7月には家族の同意があれば臓器の提供ができ、15歳以下でも臓器移植が可能となる改正臓器移植法が施行されました。
臓器移植医療の現実と課題を追う - 現在約1万4000人が臓器の提供を待つ -
 日本臓器移植ネットワークによりますと、1997年7月に臓器移植法が施行されて20年以上が経過しましたが、この間脳死状態での臓器移植の提供は累計で658件にとどまっています。直近では2019年の1年間で死亡した人から臓器提供されたのは126件で、うち脳死状態での臓器提供は98件に過ぎません。
 現在、日本臓器移植ネットワークに心臓や肝臓、腎臓などの移植を希望する患者の登録数は1万4000以上にのぼります。各関連学会によりますと、心臓移植が必要な患者は年間700〜1000人、肝臓の移植を必要とする患者は約2200人と推定しています。
 とくに心臓移植を希望する人は現在約780人が登録していますが、このうち90人以上が5年以上臓器の提供を待っています。待機期間は平均5〜7年といわれています。
 最近小型の植え込み型補助心臓が開発され、在宅で移植を待つことができるようになりました。しかし、常に合併症などによる死の恐怖と隣り合わせで移植を待ち続けなければならず、患者や家族の心身に大きな負担となっています
臓器移植医療の現実と課題を追う - 日本の臓器移植医療は世界から大きく遅れる -
 1999年2月に高知赤十字病院で、臓器移植法に基づく初の脳死下での移植手術が行われました。これ以降2019年12月までに658人のドナーから脳死下での臓器提供がなされ、2851件の臓器移植手術が行われました。
 2851件の内訳は、心臓移植505件、心臓肺同時移植3件、肺移植516件、肝臓移植559件、肝臓腎臓同時移植24件、すい臓移植66件、すい臓腎臓同時移植337件、腎臓移植822件、小腸移植19件となっています。
 2018年の国際臓器提供登録によりますと、人口100万人当たりの臓器提供は、日本が0・88人に対し、最も多いスペインが48人、米国も30人を超えています。アジアでは韓国が9・95人、中国が3・67人などとなっており、世界の国々と比較して日本の臓器移植が大きく遅れていることが分かります。
 国際移植学会は2008年に、移植が必要な患者の命は自国で救う努力をするという「イスタンブール宣言」を打ち出しました。しかし日本では移植までの時間が待てず、巨額の治療費を寄付で賄うなどして海外での移植に活路を見出そうとするケースが相次いでいます。
 脳死を「人の死」として受け入れにくい死生観や、臓器提供を担う病院側の体制整備が不十分なことも臓器移植の停滞を招いているようです。

- 「脳死状態」と「植物状態」は全く異なる -
 脳死での臓器移植とはどういうものでしょうか。「脳死」とは、病気やケガなどで脳の機能が脳幹も含めてすべて喪失され回復不可能となった状態を指します。自発的な呼吸ができず、人工呼吸器によってかろうじて心臓や肺などの機能を維持しているため、呼吸器を外すと心停止となります。
 これに対して「植物状態」は、脳幹に機能が残っていて自分で呼吸できることが多く、回復の可能性が残されています。脳死状態と植物状態は全く別物です。
 心停止後に臓器移植ができるのは眼球(角膜)や一部の腎臓、すい臓などです。心臓や肝臓をはじめとする多くの臓器は、脳死状態で臓器を提供することによって、心臓の停止後では不可能な移植医療が可能となります。
 日本臓器移植ネットワークによると、心臓移植した人の5年生存率は91・9%、10年生存率は89・8%といわれます。

- 臓器提供「可・否」の意思表示を明確に! -
 2010年7月の改正臓器移植法によって、これまでの臓器提供意思表示カードに加えて新たに発行・更新される運転免許証や医療保険の被保険者証(健康保険証)に、「臓器提供意思表示記入欄」が設けられました。マイナンバーカードにも意思表示蘭があります。
 臓器提供の意思表示は、臓器を「提供する」という意思だけでなく、臓器を「提供しない」という意思も表示できるようになっており、どちらの意思も尊重されます。
 また、臓器を提供しない意思を表示した場合、本人の意思が尊重されるため家族が希望しても臓器提供されることはありません。臓器を提供する、しないにかかわらず一人でも多くの人が意思表示して、一人ひとりの意思がしっかり尊重されながら移植医療が発展していくことが望まれます。
臓器移植医療の現実と課題を追う 【グリーンリボンキャンペーン】
- 臓器移植は人が人を助けるいのちの贈りもの -
 臓器移植医療の一番の特徴は、医療機関と患者だけでなく、善意で臓器を提供する人が存在することです。「人が人を助けたいと思う気持ち」が原点となって臓器移植医療は成り立っています。
 移植医療のシンボルとしてグリーンリボンが1980年代に米国で考案され、現在世界中で使われています。グリーンは成長と新しいいのちを意味するといわれ、「いのちの贈りもの」によって結ばれた、臓器提供者(ドナー)と移植が必要な患者(レシピエント)の、いのちのつながりを表現しています。
 日本臓器移植ネットワーク(JOT)をはじめとした関係団体では、より多くの人に移植医療についての正しい理解と、臓器提供意思表示の普及を促進するためグリーンリボンキャンペーンを展開しています。 内閣府が2017年に行った「移植医療に関する世論調査」によりますと、臓器移植に関心があると答えた人は全体の56・4%ですが、運転免許証や健康保険証などの裏に臓器提供について意思を表示している人は12・7%に過ぎません。
 「もしもの時、誰かの命を救うことができるかもしれないし、助けてもらうかもしれない」
 私たち一人ひとりが臓器移植について考え、家族と話し合い、自分の臓器提供に関する意思を表示しておくことが大切です。

【海外の臓器移植】
- 欧米では「脳死」は一般的な人の死と認定 -
 アメリカでは年間に8000~9000人のドナーが臓器提供し、2万件を超える臓器移植が行われているといわれます。イギリスやドイツ、フランス、スペインなどでも、臓器移植は一般的な医療として定着しているようです。
 一方、日本では日本臓器移植ネットワークによりますと、1997年から2019年12月までに658人のドナーから脳死下での臓器提供がなされ、2851件の臓器移植手術が行われましたが、欧米に比べて格段に少ない数字です。 日本では「脳死」は臓器を提供する場合に限定して人の死と認定されますが、世界のほとんどの国では、臓器提供とは無関係に人の死として認められています。また、オーストリアやフランス、スペイン、イタリアなどでは、本人が生前「臓器移植はしない」と意思表示していない限り、臓器提供するものと見なされます。
 世界的なドナー(臓器提供者)不足の中で、中国はアメリカに次ぐ「移植大国」です。死刑が年間数千件実施されている中国では、死刑囚がドナーになっているからだといわれます。
 中国は2007年に施行した臓器移植法で、臓器移植に際してはドナー本人やその家族から臓器提供の申し入れを受けること、また臓器売買の禁止をうたっています。死刑囚ドナーに対しては、世界保健機関(WHO)や欧米、それに日本の移植学会が反対の意思を表明しています。
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