学業に悪影響を及ぼす「ブラックバイト」【社会】

いま、学生らしい生活を脅かす「ブラックバイト」が社会問題化しています。学費の高騰、仕送り額の減少、奨学金制度の不備などで、アルバイトをしなければ学生生活を送ることが困難な学生が増えています。こうした学生につけ込むように、休みのない過酷なシフト、過大なノルマやサービス残業など、違法な労働を強いる「ブラックバイト」が広がっています。この結果、授業に出ることが出来ず、留年・退学に至るケースや、過重労働で身体を壊す学生も少なくありません。学生の学生らしい生活を脅かす「ブラックバイト」の実態に迫ってみました。

学生のアルバイトは、古くから行われていました。学生は夏休みや冬休みなどの長期休暇を利用して、お中元・歳暮の配達など繁忙期にある会社の仕事を手伝っていました。いわば、自由で気楽な小遣い稼ぎであり、貴重な社会体験の場でもあったのです。アルバイトを採用する会社も、労働力というよりも一時しのぎの助っ人として位置付けていました。しかし、経済状況の悪化に伴って、アルバイトに対する両者の見方が大きく変わっていきました。
バブル崩壊やリーマンショックなどを経て、日本の経済状況は悪化の一途をたどりました。利益追求に追われる会社は、合理化や人件費の削減などで長引く不況に対応します。かつて正社員がやっていた責任の重い仕事を、パートや学生アルバイトなどの低賃金の非正規労働者に押し付け、人件費の削減を図るようになりました。この結果、年間通して低賃金で働く学生アルバイトが必要とされ、「非正規雇用の基幹化」という働き方が生まれました。学生アルバイトやパート従業員の存在なくしては、会社としての仕事が成り立たなくなっていったのです。
こうした現象は外食店や小売業、学習塾などのサービス業を中心に起こり、今では他産業にも広がり社会問題化しているのです。
- ブラックバイトを定義すると -
学生のアルバイトが、本来正社員がこなす仕事に組み入れられると、アルバイトだからという理由で仕事を断ることが出来なくなります。つまり、非正規雇用の基幹化が進むにつれ、学生のアルバイトは低賃金にも拘らず、正社員並みの責任の重い仕事やノルマ、長時間労働などが課せられます。この結果、ブラックバイトによって学生らしい生活が脅かされる事態になっていきました。
学生のアルバイトは、以前から労働に関する学生の無知や立場の弱さによって、時には違法な労働を求められることがありました。しかし、正社員並みの厳しい仕事を要求され、学生らしい生活が脅かされるというブラックバイトは、近年になって出現してきた現象です。早くからブラックバイトの問題を指摘してきた中京大学の大内裕和教授は、ブラックバイトを「学生であることを尊重しないアルバイト」と定義しています。具体的には、違法行為としての残業代不払い、休息時間の不付与、不合理な罰金、ノルマ達成のための自費購入、過度なシフトなどが要求され、学生生活を破壊されるアルバイトのことです。
働き手を酷使し、潰してしまう恐れのある「ブラック企業」が以前から社会問題化しています。「ブラックバイト」も、学業との両立を不可能にするほど働かせ、将来の日本を支える人材育成システムを破壊してしまう恐れがあります。学生がブラックバイトに慣れてしまうと、卒業後にブラック企業に就職しても問題に気付かず、いつの間にか大切な若者が潰される可能性を否定できません。ブラックバイトとブラック企業は根底でつながり、このまま放置すれば日本の労働環境に暗い影を投げかけることは間違いありません。

ブラックバイトの多くは、違法な労働を要求しています。働く人は労働基準法などいわゆる労働三法で守られ、違法行為を行う会社は法律によって罰せられます。それにもかかわらず、ブラックバイトが広がっているのは、収益を追求するという会社の論理と家計を助けたいという学生の事情が合致しているからです。
会社にとって、労働事情の知識に乏しく低賃金で働く学生アルバイトは、厳しい競争を勝ち抜くために欠かせない存在です。とりわけサービス業では、数多くのパートや学生アルバイトが働いています。反面、ブラックバイトの発生率も高くなっています。こうした職場では、契約に基づいた雇用者と被雇用者という雇用関係ではなく、暗黙のうちに使用者とアルバイトという上下関係が出来上がっています。このため仕事に関しては、正社員並みの厳しさが要求される一方、労働条件や待遇が軽視されたり無視されるブラックバイトが頻発しているのです。利益追求を掲げる一部の会社にとって、少々違法行為をしても、労働法に疎い学生からつけ込まれることはないと高を括っているのかも知れません。

ブラックバイトは、学業に支障をきたし、身体にも悪影響を及ぼすことは言うまでもありません。それなら辞めてしまえばいい訳ですが、学生には簡単に辞めることが出来ない事情があります。
国税庁の調べでは、2014年度の給与所得者の平均年収は415万円で、15年前より46万円も下がっています。一方、大学の授業料は、国立大学では2004年度以降53万5800円、入学金は28万2000円となっています。1975年の授業料3万6000円、入学金5万円と比べると授業料で14・9倍、入学金で5・6倍にもなっています。私立大学でも学費は高騰し、文部科学省の調べでは2015年9月現在の平均授業料は86万72円、入学金は26万4390円、施設整備費等18万8063円、合計131万2525円に達しています。
このように学生の生活費や学費は高騰し続ける一方、家計からの給付は減少しています。学生は不足分をアルバイトなどで補填し、学生生活を支えているのが現状です。実際、国や民間の調査では80%近くの学生が何らかのアルバイトをしながら学生生活を支えています。
学生が置かれた厳しい経済状況が、ブラックバイトの温床になるだけでなく、奨学金の利用を促進しています。2014年現在、学生の51・3%が何らかの奨学金を利用しています。現在の奨学金は、返さなくていい給付型奨学金は少なく、大半が有利子の奨学金となっています。このため、奨学金を利用した多くの学生は、借金を背負った状態で卒業することになります。こうした事態を避けるため、必死にアルバイトに勤しむ学生もいるようです。

厚生労働省は昨年8月、学生アルバイトをめぐる労働条件や学業への影響を把握するため、大学生や短大生、専門学校生などを対象にアルバイトに関する意識調査を行いました。意識調査では、大学生など2250人を抽出し、アルバイト経験者1724人(約77%)を本格調査し、回答の早かった1000人が経験した延べ1961件についてのデータがまとめられました。(表を参照)
学生がアルバイトした業種は、コンビニ、学習塾、スーパー、居酒屋などが上位を占めています。学生がアルバイトした1961件のうち、労働条件を示した書面を交付していないものが58・7%あり、このうち働く前に口頭においてすら具体的な説明がなかったものが19・1%もあったそうです。労働基準法では、使用者は労働契約の締結の際、労働者に対して賃金、労働時間、その他の労働条件を書面で明示しなければならないと定めています。
このため、労働条件に関するトラブルが多発しています。法律違反の恐れがあるものとして、準備や片付けの時間がカウントされない、6時間を超えても休憩時間がない、時間の管理がなされていない、休日労働や深夜労働に割増賃金が支払われないなどがあります。
労使間のトラブルとしては、採用時に合意した以上のシフトに入れられた、一方的なシフト変更を命じられた、合意した仕事以外の仕事をさせられた、一方的にシフトを削られた、給与明細書がもらえなかったなどの回答が寄せられています。
学生がブラックバイトに就くことで、試験の準備や試験期間でも休めない、シフト変更で授業に出られないなど、学生の本来の目的である学業に大きな支障が出ています。さらに、アルバイトのし過ぎや深夜のアルバイトなどで体調を崩すケースも報告されています。
- GIDの治療は専門医との面談から -
現在、医療機関で診察を受け、GIDと診断された人は約3万人いるといわれます。GIDの診断を受けるには、まず精神科で専門の医師と面談を重ねます。ここで「からだの性」と「こころの性」の不一致が顕著で、日常生活に支障をきたしていると診断されると、GIDと認定されます。
GIDの治療は、「からだの性」と「こころの性」を一致させることです。ホルモン療法により、体つきを男性あるいは女性らしく変更することから始めます。しかし、この治療を受けるには、精神科の医師2名の承諾が必要になるなど高いハードルがあります。その上で、性器のなどへの外科的処置を行う性別適合手術へと進みます。ただし、GIDでも性別適合手術を受けない人もいます。
- 急がれるブラックバイト対策 -
ブラックバイトに直面しても、学生の多くは使用者と交渉しても解決は困難だろうし、残業代や自爆買いなどの支払いは無理だろうと諦めているようです。しかし、違法な労働を求めているのがブラックバイトだと知っていると、多くの問題を解決することが可能です。
そのために働く前に労働条件を確かめ、それを記した書類を残しておくことが大切です。会社の説明を鵜呑みにせず、問題がないかじっくり考え、不明瞭なところがあれば友人か家族、職場の先輩や学校の担当者に相談することが大切です。行政機関などの専門の相談窓口を利用することも重要です。
ブラックバイトは、大学生だけではなく高校生のアルバイトにも見られます。しかし、原則禁止にしている高校や、アルバイトをしている生徒が大学生に比べて少ないことで大きく取り上げられていません。しかし、ブラックバイトが学業に悪影響を及ぼす構造は大学や高校を問いません。社会全体でブラックバイトに向き合い、学生や生徒が学生らしい生活を送れるような社会環境を整えたいものです。