司法取引、取り調べの可視化とは【社会】

司法取引、取り調べの可視化とは

【刑事司法改革で捜査環境はどう変わる】
容疑者の取り調べの録音・録画(可視化)の義務化や司法取引の導入、通信傍受の拡大などを骨子とした刑事司法改革関連法が今年5月に成立し、事件の捜査や裁判の在り方が変わることになりました。冤罪の防止と社会の安全確保が狙いですが、問題点も指摘されています。可視化や司法取引は本当に冤罪防止に役立つのか。「盗聴」の拡大はプライバシーの侵害にならないか。テロ対策の法整備は十分なのか。刑事司法改革のさまざまな問題を検証してみました。

司法取引、取り調べの可視化とは - 足利事件や郵便不正の冤罪事件が発端 -
 刑事司法改革の動きは、冤罪防止のための取り調べの可視化を求める声から始まりました。幼児殺害の罪に問われた菅家利和さんが、2010年に再審で無罪となった冤罪事件の「足利事件」や、同年に無罪判決となった村木厚子さん(当時厚労省局長)の郵便不正冤罪事件と、無罪確定後に大阪地検特捜部主任検事の証拠改ざんが発覚した「大阪地検特捜部証拠改ざん事件」をきっかけとしています。
 裁判ではおよそ90%の被告が犯行を認め、99・9%の事件で有罪が言い渡されています。「自白=有罪」という図式が染みつき、「自白は証拠の王様」ともいわれ、捜査や裁判の自白偏重が指摘されてきました。密室での自白の強要や非公開の取り調べ環境が、冤罪を生む温床になってきたとも言われます。

司法取引、取り調べの可視化とは - 今年5月に刑事司法改革関連法が成立 -
今年5月24日に衆院本会議で可決成立した刑事司法改革関連法は、取り調べの可視化、司法取引、通信傍受の拡大の3点が中心となっています。
 取り調べの録音・録画を義務付けた可視化は3年以内、司法取引は2年以内、通信傍受の拡大は今年12月から実際の現場に導入されます。とくに取締りの可視化は、開始後3年をメドに義務化する事件の範囲を再検討することになっています。
 取り調べの可視化は冤罪を防ぐために一部の事件で録音・録画が義務付けられますが、可視化すれば容疑者と十分に信頼関係を築くことができず、供述を引き出しにくくなるという懸念があります。このため捜査側の要望で導入したのが、検察官などが捜査に協力した容疑者や被告の処分を軽減する司法取引です。
 また、これまで薬物や銃器犯罪など4種類に限られていた通信傍受の対象犯罪に、詐欺や窃盗、殺人、略奪・誘拐など9種類が新たに加わりました。
 取締りの可視化、司法取引、通信傍受の拡大のそれぞれについて、その内容と問題点を探ってみましょう。

司法取引、取り調べの可視化とは - 可視化の対象は重要犯罪など全事件の3〜4% -
 殺人や誘拐など一定の重大な犯罪を対象にした取り調べの可視化は、警察(刑事)や検察(検事)が容疑者を逮捕してから起訴するまでの間、原則としてすべての取り調べをビデオカメラで撮影しマイクで録音します。
 密室での取り調べを映像と音声で記録することで、自白を強要するような強引な取り調べや不当な捜査を抑止し、裁判で供述の真偽を正しく判断できるようにするのが狙いです。基本的には「自白偏重の捜査手法が冤罪を生んできた」という反省の上に立っています。
 ただ可視化が義務付けられるのは、殺人など裁判員裁判対象の重大事件と検察の独自捜査事件の取り調べで、全事件の3~4%に過ぎません。また、逮捕前や参考人は録画する義務はなく、「カメラの前では正直に話さない人もいる」ということから、録画をしない例外も認められています。

司法取引、取り調べの可視化とは - 可視化によって嘘の自白を見抜けるか -
 取り調べの可視化の主な狙いは捜査の適正化にありますが、冤罪の多くは暴力的な取り調べによるものではなく、無実の人が取調官の執拗な追及によっていうままに誘導され、嘘の自白に追い込まれて犯人扱いされるのです。
 今日、取り調べ時の録音・録画の導入は世界の潮流となっています。可視化によってあからさまに強引で暴力的な取り調べは抑制できたとしても、はたして取調官に誘導された嘘の自白を見抜くことが出来るのでしょうか。専門家の多くは、いったん自白した後の動画だけを見ても真偽を見分けるのは難しいといいます。
 取り調べの録画が裁判に提出された場合、国民から選ばれた裁判員は自白が本当に信用できるかどうかの判断に迫られます。 
 冤罪を防止するためには、まず取調官が一方的な思い込みではなく、無実の可能性も念頭に置いて容疑者に接することが大切です。また可視化した取り調べの動画を見る裁判官や裁判員は、取り調べ時の被疑者の心理と自白の信ぴょう性を慎重に検証することが求められます。

- 日本の司法取引は組織犯罪や経済事犯が対象 -
 アメリカの刑事映画などでよく見られる司法取引制度が日本でも導入されます。 
 犯罪の嫌疑を受けて逮捕された「容疑者」や、犯罪嫌疑が固まって検察で起訴された「被告人」が、共犯者の犯罪を解明するために供述したり証拠を提出すれば、見返りに検察官が起訴の見送りや取り消し、求刑を減らすという捜査手法が司法取引です。この取引には弁護士が常時立ち会うことになっています。
 司法取引によって容疑者から犯行の手口や背後関係、共犯者に関する重要な情報の提供を受け、組織的な犯罪の全容解明や事件の早期解決を図ろうというものです。とくに、薬物や銃器などの組織犯罪や贈収賄、脱税、談合などの経済事犯、企業犯罪を主な対象としています。
 アメリカでは自分の罪を認めることと引き替えに自分の刑を軽くする司法取引が中心です。これに対して日本の司法取引は自分の罪を認めても適用されず、共犯者や組織の黒幕などに関する情報を提供した場合に限って、起訴の見送りや求刑の軽減をしたりします。

- 司法取引は冤罪の増加を招かないか? -
 組織的な犯罪の全容解明や事件解決のスピードアップが期待される司法取引ですが、容疑者が自らの刑事処分を軽くしてもらいたいために、嘘の供述を行って無実の第三者を事件に巻き込むことが考えられます。司法取引の導入は冤罪の増加を招くのではないかという批判があります。
 米ノースウェスタン大学ロースクールのロブ・ウォーレン教授の研究によると、米国で2004年当時判明した死刑冤罪事件のうち、冤罪を引き起こした原因の45・9%が情報提供者の誤った証言だったと言われます。
 贈収賄や脱税、談合(独禁法違反)などの企業犯罪は、捜査、立件が困難で内部者の協力が重要となります。日本の司法取引は自己の犯罪事実ではなく、情報の提供で「他人の刑事事件」に捜査協力することがポイントです。
 しかし、司法取引で容疑者が検察官の描くストーリーに沿った供述をさせられたり、他人の犯罪について取り調べ側が都合の良い供述を引き出す手段に利用されるのでは、という指摘もあります。

司法取引、取り調べの可視化とは - 通信傍受拡大で懸念されるプライバシーの侵害 -
 麻薬取引や銃器売買などのような組織的で重大な犯罪捜査の場合、裁判所の令状に基づいて犯行グループの電話やメールを傍受する「通信傍受」が認められています。これまで薬物犯罪、銃器犯罪、集団密航、組織的殺人の4犯罪が通信傍受の対象となっています。
 刑事司法改革では、従来の4犯罪に加えて、放火、殺人、傷害・傷害致死、逮捕監禁・逮捕等致死傷、略取・誘拐、窃盗・強盗・強盗致死傷、詐欺・恐喝、爆発物取締罰則違反、児童買春・児童ポルノ禁止法違反の9つの犯罪が通信傍受の対象犯罪となりました。
 いずれも組織性が疑われるもので、とくに被害額が年間約476億円(平成27年)にのぼる「オレオレ詐欺」や「振込詐欺」といった特殊詐欺グループの上層部の摘発に期待が集まります。
 ただこれまで通信を傍受する際に必要だった通信事業者の立会いが、録音データを改変できない機器を使用することで不要となり、捜査機関の施設内で通信傍受ができるようになります。さらに捜査と関係ない会話なども傍受され、通信傍受の拡大は個人のプライバシー侵害につながると懸念されています。



「過去の主な冤罪事件」後を絶たない冤罪の悲劇
 あってはならない冤罪事件は、古い体質の戦前や戦後の混乱期だけでなく、現在も後を絶ちません。死刑確定後に裁判をやり直した再審で、無罪になった有名な冤罪事件に免田事件があります。熊本県人吉市で1948年12月に夫婦が殺害された事件で、83年7月に日本の裁判史上初めて死刑確定者が再審で無罪となりました。
 1950年2月に香川県で一人暮らしの老人が殺害された財田川事件では、84年3月に再審無罪。1954年3月に発生した静岡県島田市の幼女誘拐殺人の島田事件は89年1月に再審無罪となりました。また1955年10月に宮城県松山町で幼児を含む一家4人が殺害されて住居が放火された松山事件は、84年に再審で無罪となっています。
 死刑判決後に逆転無罪となったものに、幸浦事件(1948年発生ー63年無罪)、松川事件(49年発生ー61年無罪)、二俣事件(50年発生ー57年無罪)、木間ケ瀬事件(50年発生ー61年無罪)、八海事件(51年発生ー68年無罪)、仁保事件(54年発生ー72年無罪)、山中事件(72年発生ー90年無罪)などがあります。
 逮捕・起訴された後も、決して諦めずに無実を訴え続けた粘り強い戦いの結果です。中には無実で死刑を執行されたケースもないとは言い切れません。それが死刑廃止論の理由の一つにもなっています。
 このほか無期懲役など死刑以外の刑が確定後に再審で無罪となったり、有罪判決後に逆転無罪となるケースは多く、冤罪の悲劇が止まりません。

「テロ対応の法整備」テロの実行合意と準備行為も処罰対象に
 刑事司法改革で通信傍受の対象犯罪が拡大されて、テロの未然防止への期待が高まります。ただ、通信傍受の拡大はすでに発生した既遂の犯罪捜査のみに適用されるため、仮にテロの企てや兆候をつかんでも、具体的な犯罪事実が無ければ通信傍受することができません。テロなどの組織犯罪を未然に防ぐには不十分だといわれます。
 2000年に国連総会で、テロや国際的な組織的犯罪に対処する国際組織犯罪防止条約が採択されました。条約は国際テロなど国境を超える組織犯罪に対応するため、各国に犯罪の実行行為がなくても、謀議に加わることで処罰できる「共謀罪」を国内法的に整備することを求めています。 
 現在186カ国・地域が同条約を結んでいます。日本は03年に国会で承認されましたが、政府は条約締結には「共謀罪」の整備が必要との理由で締結には至っていません。
 昨年11月のパリ同時多発テロで130人が死亡し、今年7月のバングラディシュの爆弾テロでは日本人7人を含む20人が犠牲となりました。4年後に迫った2020年東京オリンピックに向け、万全のテロ対策が日本に求められています。
 政府は昨年末に「国際テロ情報収集ユニット」を発足させてテロ対策に取り組んでいますが、新たに「テロ等組織犯罪準備罪」を主な内容とした法案の成立を目指しています。テロなどの組織犯罪の「合意」だけでなく、資金集めや犯罪に使用する道具の準備など、犯罪実行のための「準備行為」も構成要件としています。
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