静かな時限爆弾「アスベスト」【社会】

静かな時限爆弾「アスベスト」


【長い潜伏期間を経て、石綿関連疾患が増加?】
 アスベストは石綿のことで、天然にできた繊維状の鉱物の総称です。高度経済成長の時代には、安価でしかも耐熱性、絶縁性、耐薬品性など優れた特性を持つことから「奇跡の鉱物」などと呼ばれ、工業用資材として幅広く利用されてきました。しかし、アスベストを吸い込むと15~40年という長い潜伏期間を経て、肺がんや悪性中皮腫の発症などの恐れがあることが分かりました。1975年以降、たびたびアスベストに対する法規制が実施され、現在ではアスベスト製品の製造や使用は禁止されています。
 しかし、2005年に尼崎市の石綿工場の従業員がアスベスト関連病で死亡し、多くの周辺住民の健康被害が発覚して大きな社会問題となりました。現在でも、過去に被曝したアスベストによる健康被害の報告が相次いでいます。

静かな時限爆弾「アスベスト」 - 天然の鉱物繊維「アスベスト」 -
 人類は古くからアスベストを利用してきました。古代エジプトではミイラを包む布として利用され、古代ローマではランプの芯として用いられました。日本でも「竹取物語」の中に出てくる「火鼠の皮衣」は、アスベストのことだといわれています。
 アスベストとは、地中で溶岩が溶けて固まっていく過程で、結晶が細長く成長して繊維状になった鉱物繊維です。アスベストは単一の鉱物ではなく、ILO(国際労働機関)など国際機関が定義しているアスベストは6種です。それは蛇紋石や角閃石の中にできる繊維状のクリソタイル(白石綿)、クロシドライト(青石綿)、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト、トレモライト、アクチノライトの6種です。このうち、蛇紋石系はクリソタイルだけで、他の5種は角閃石系に属しています。
 アスベストの主な産出国は、カナダ、ロシア、中国、南アフリカ(既に生産停止)などとなっています。日本では北海道や中央構造線周辺、九州などで小規模ながら採掘していました。しかし、1969年に全て操業を停止しています。
静かな時限爆弾「アスベスト」 - 「奇跡の鉱物」と呼ばれた時代も!! -
 アスベストは細く長く伸びた織維状の結晶が縒り合され、1本の直径は0・01~0・1㎛、すなわち1㎜の10万分の1から1万分の1という微細な形状となっています。その特性として、耐熱性、絶縁性、抗張性、軽量化、耐薬品性などに優れ、しかも安価で入手できることから「奇跡の鉱物」と持てはやされました。
 日本では高度経済成長が始まる1955年頃から、さまざまな用途に広く使用されてきました。1970年から90年にかけて、年間30万トンという大量のアスベストが消費され、これらの約90%が建築資材として利用されました。建築資材としては、工場などでみられる波形スレートボード、ビルの高層化や鉄骨構造化にともない、天井、壁、床などへの軽量耐火被覆材として大量に使用され、駐車場では防音用として吹き付けアスベスト、ロックウオール、また配管の保温材などに使用されました。
 工業用品としては、自動車のブレーキライニング、ガスケット、接着剤、配管材など多方面で使用されました。

- アスベストの規制強化から禁止まで -
 1960年代に入ると、アスベストによる肺がんや中皮腫の発生が報告され、72年にはILO(国際労働機関)やWHO(世界保健機関)の専門家会議で、アスベストをがん原生物質だと認定しました。こうした動きを受け、日本では1975年に吹き付けアスベストの使用が禁止され、95年に発がん性の高いクロシドライトとアモサイトの輸入・製造が禁止、2004年にはアスベストを含んだ製品の製造、輸入、使用が原則禁止され、06年に全面的に禁止となりました。
 こうした中、2005年に尼崎市にある機械メーカーのクボタが、従業員74人がアスベスト関連病で死亡し、中皮腫の治療中の地域住民に見舞金を出すと公表しました。「クボタショック」とも呼ばれ、以降アスベストが社会問題として大きく取り上げられるようになりました。すでに12年が経過しましたが、中皮腫による死者は周辺住民を含めて300人を超え、まだ終息する気配を見せていません。
 高度成長時代に「奇跡の鉱物」と呼ばれたアスベストは、時を経て大きな健康被害を及ぼす「静かな時限爆弾」へと変貌していったのです。
静かな時限爆弾「アスベスト」 - アスベストの吸引で重大な健康被害 -
 アスベストは丈夫で変化しにくいため、空気中に放出されると消滅することなく長時間空気中を浮遊します。浮遊するアスベストを吸い込むと、一部は痰などとともに吐き出されますが、微細なものは気道の奥まで入り込み、肺を包む膜(中皮)に突き刺さります。突き刺さったアスベストは、リンパ系細胞の攻撃に負けることなく居続けます。その結果、周囲の細胞に異変が起こり、15~40年の潜伏期間を経て重大な健康障害を引き起こすと考えられています。
 アスベストによる疾病には、アスベスト肺、肺がん、悪性中皮腫、良性石綿胸水、胸膜肥厚斑などがあります。アスベスト肺は、肺が線維化してしまう肺線維症(じん肺)という病気です。アスベストを長期間吸入すると、吸入を止めた後でも進行することがあります。アスベストが肺がんを引き起こすメカニズムはまだ十分に解明されていません。肺細胞に取り込まれたアスベスト繊維の物理的刺激によって肺がんが発生するといわれています。悪性中皮腫とは、肺を覆っている膜(胸膜、腹膜)や心臓を覆っている心膜などに発生する悪性の腫瘍です。その約80%はアスベストに起因するとみられています。
 アスベストによる疾患には、アスベストの種類によって危険度に差があります。一番危険性が高いのはクロシドライトで、アモサイトがこれに次ぎ、クリソタイルは比較的危険性が低いとされています。
静かな時限爆弾「アスベスト」 - 2040年には10万人の死亡者が? -
 日本ではアスベスト製品の製造はすでに禁止されています。しかし、アスベストが原因と言われている中皮腫や肺がんの患者は最近急増しています。これは、アスベストの輸入が急増した1970年代から約40年の潜伏期間を経て発症したためと見られています。
 実際、1995年の中皮腫による死亡者は500人でしたが、2005年には911人となり、15年には1504人と20年で約3倍に増加しています。肺がんの死者数の統計はありませんが、国際専門家会議が中皮腫の約2倍としていることから年間約3000人が死亡したと推定されます。この結果、2015年には中皮腫と肺がんを合わせると約4500人が亡くなったとみられます。
 しかし、アスベストに晒され、病魔に襲われた人を救う労災の認定は横ばい状態です。2011年度に労災認定された人は944人(肺がん401人、中皮腫543人)、12年度は924人(肺がん402人、中皮腫522人)、13年度は910人(肺がん382人、中皮腫528人)、14年度は920人(肺がん391人、中皮腫529人)、そして15年度は902人(肺がん363人、中皮腫539人)となっています。死亡者が大幅に増加しているにも拘らず、労災認定は横ばいのために救われない被害者が増えています。
 今後、アスベストを使用したビルの寿命による建て替えが増え、建造物の解体によるアスベストの排出量が2020年から40年にかけてピークを迎え、年間100万トン前後のアスベストが排出されると予測されます。このまま推移すると、40年までに10万人もの死亡者がでると予測されています。また、ヨーロッパでもアスベストによる被害が目立ち、20年までに肺がんや中皮腫による死亡者は50万人に達すると推定されています。
静かな時限爆弾「アスベスト」 - 阪神淡路大震災の復旧作業で死者 -
 2005年のクボタショックは、マスコミで大きく取り上げられ、市民のアスベストに関する関心は高まりました。しかし、既に建物の解体などで飛散したアスベストによる被害は静かに進行していました。
 1995年に発生した阪神淡路大震災で、建物の解体や撤去にあたった作業員5人が中皮腫を発症して死亡したと報告されています。震災当時、アスベストの恐ろしさについて広く周知されておらず、防塵マスクを付けずに作業した人が多くいました。震災から22年が経過し、長い潜伏期間を経て発症する人が増えるのではと心配されています。
 2011年の東日本大震災では、震災直後の仙台市のビル解体工事で、12日間にわたって通常の4500倍ものアスベストを検出しています。こうした場所に長時間いると、中皮腫の発生リスクは12・5倍に高まります。東日本大震災では放射能汚染が注目されていますが、被災建物の解体によるアスベストの飛散も深刻な問題です。

- 一般住宅で新たなアスベスト被害 -
 私たちが住む住宅でも、アスベストによる被害が心配されています。アスベスト被害は15~40年という長い潜伏期間を経て、今まさに発症する時期に差し掛かっています。
 アスベストの大半は、建築資材として使用されています。私たちが1日の大半を過ごす住居、学校や駅などの公共施設、社屋や工場など私たちが日常接するところで多く使用されているため、見過ごすわけにはいきません。
 「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」は今年6月、NHKや支援団体などの協力で全国の公営住宅を調査したところ、アスベストが使用されていた住宅は2万2千戸に上ると発表しました。そして、アスベストを吸い込んだ人は約23万人に上り、中皮腫を発症した人も紹介されました。
 これまで、アスベスト製品の工場やその周辺地域、ビル解体現場やがれき集積地などでアスベスト被害が注目されてきました。しかし、今後は私たちの日常生活の中で、新たなアスベスト被害が発生し、より一層深刻化すると思われます。
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