日本国憲法はこのようにして誕生した【憲法】

日本国憲法はこのようにして誕生した


【「日本国憲法」の施行から70年】
 今年5月3日、日本国憲法は施行70年を迎えました。憲法は「国のあり方」を定める国の最高法規です。この憲法の下に、さまざまな法律が作られています。日本国憲法が施行70年という節目の年を迎え、その在り方などを巡ってさまざまな議論がなされています。日本国憲法の誕生から今日までの歩みを追ってみました。

日本国憲法はこのようにして誕生した 【日本国憲法の成立まで】
- GHQの手で進められた民主化政策 -

 1945年8月15日、日本は連合国が突き付けた「ポツダム宣言」を受け入れ、太平洋戦争が終結しました。終戦から約2週間後、アメリカ軍主体の連合国軍が上陸し、その最高司令官としてダグラス・マッカーサーが神奈川県の厚木飛行場に到着しました。マッカーサーは東京に「連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)」を設置し、GHQによる占領政策が始まりました。占領政策は、日本政府に指令する間接統治で行われ、GHQの意向は日本政府を通して実施されました。
 GHQの基本政策は、軍国主義の排除と民主化の推進です。マッカーサーは1945年10月、当時の幣原喜重郎首相に5大改革を指令しました。それは①女性に参政権を与えることで女性を解放 ②労働者の団結権の保証 ③教育の民主化 ④秘密警察制度など圧政的諸制度の廃止 ⑤財閥解体や農地改革など経済機構の民主化です。

- GHQが日本国憲法の草案作りに着手 -
 GHQは5大改革と同時に、天皇に絶対的な権力を認めていた大日本帝国憲法(明治憲法)の改正を求めました。当初、GHQは改正にあたって口を挟まない方針でした。 幣原内閣は「憲法問題調査委員会」を作り、明治憲法の改正に取り組みました。しかし、委員会がまとめた憲法改正案は、天皇の統治権を認めるなど、明治憲法を一部修正したものでした。これを知ったマッカーサーは、日本側に任せると民主的な憲法が作れないと判断し、GHQが憲法草案を起草することにしました。
 日本国憲法の草案作成に携わったのは、ホイットニーGHQ民生局長を中心とした民政局に所属するアメリカ軍の将校や民間人です。草案作成メンバーは1946年2月3日から、誕生したばかりの国連憲章や人権宣言、さらに世界各国の憲法や日本の学者グループがまとめた憲法改正要綱などを参考に作業を進めました。そして、2月13日に外務大臣官邸でホイットニー民政局長から吉田茂外務大臣、松本烝治国務大臣にGHQの草案が手渡されました。GHQの草案は、10日余りの短期間でまとめられたのです。

- 双方の議論を経て憲法改正案が成立 -
 GHQの憲法草案は、日本にとって想定外の内容であったため、その場での回答を保留し、再度検討することにしました。しかし、GHQは日本側に、字句などの修正は認めるが、天皇制と戦争放棄の2点を中心とした草案の基本方針の変更は認められないと伝えます。
 日本政府は、GHQ草案を踏まえながら政府案をまとめ、3月4日にGHQ側に提出しました。そして、GHQ民政局と日本の法制局の間で、確定案作成のために徹夜の協議に入り、5日の午後にすべての作業が終了しました。政府はこの確定案を要綱化し、3月6日に「憲法改正草案要綱」として発表しました。その後、ひらがな口語体での条文化が進められ、4月17日に「憲法改正草案」として公表されました。
日本国憲法はこのようにして誕生した - 明治憲法の規定に基づいて誕生 -
 憲法改正草案の要綱が発表された1か月後の1946年4月10日、戦後初めての衆議院選挙が行われました。新しい憲法がまだ成立していないため、明治憲法下で最後となる選挙です。明治憲法では女性の参政権は認められていません。しかし、1945年12月の帝国議会で女性に参政権を認める法律が成立し、この選挙で女性が初めて投票し、39人の女性議員が誕生しました。
 新議員による帝国議会が1946年6月20日に開かれ、明治憲法の改正手順に従って「大日本帝国憲法改正案」を衆議院、貴族院で一部修正したうえで可決し、天皇の最高諮問機関である枢密院でも可決して、現在の日本国憲法が誕生しました。
 アメリカが短期間で作った草案を基礎に日本国憲法が作られたため、「押し付けられた憲法だ」との批判があります。しかし、アメリカ側の草案を日本が手直し、それを基に日米双方が議論を重ね、旧憲法に規定された手続きに従って誕生しました。GHQの占領下で生まれた日本国憲法は、形式的には明治憲法の改定という形をとっています。当時の新聞などは、国民の多くが好意的に受け入れたと報じています。
日本国憲法はこのようにして誕生した - 日本国憲法の公布と施行 -
 日本国憲法が公布されたのは1946年11月3日、施行されたのが1947年5月3日です。公布とは、国会で法律が可決し、国民にその内容が正式に発表された日のことです。公布された11月3日は「文化の日」に制定されています。施行とは、実際に法律が効力を発揮する日のことです。この日が5月3日で、「憲法記念日」として祝日になっています。公布と施行までに期間があるのは、新しい法律への周知期間、準備期間が必要なためです。
 日本国憲法は、施行以来、現在まで一度も改正されることなく、戦後日本の屋台骨となってきました。このように、日本国憲法は、他国では例を見ない特異な経過をたどって成立したのです。
日本国憲法はこのようにして誕生した 【日本国憲法に目を通そう】
- 日本国憲法の理念を集約した前文 -

 日本国憲法は、前文と11章103条からなっています。この機会に全文に目を通すことをお勧めします。それほど長いものではないのですぐに読めると思います。
 日本国憲法は103条からできていますが、その条文の前に「前文(別稿参照)」があります。前文には、憲法制定の趣旨や理念、原則や方針が記されています。前文を読み解くことで、日本国憲法が掲げる精神、ひいては政治方針が理解できると思います。また、日本国憲法の三大原則である「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」が、日本の国の基本的原理であると明記されています。

- 日本国憲法の三大原則 -
 明治憲法の下では、天皇は絶対的な権力を持っていました。しかし、日本国憲法では、天皇は日本国の象徴とされ、国の主権者は国民です。国の在り方を最終的に決めるのは国民だという「国民主権」が明確にされています。
 国民個々の生命や自由を守るのが「基本的人権の尊重」です。基本的人権については、平等権、自由権、社会権、参政権、受益権などがあります。私たちが自由に安心して日常生活を過ごせるのは、基本的人権が保障されているためです。憲法第3章の「国民の権利及び義務」の各条項で詳しく記されています。
 「平和主義」は、前文に「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と記し、平和を求める日本の立場を明確にしています。さらに、憲法9条の「戦争の放棄」で、具体的に記述されています。しかし、自衛隊については憲法の解釈の違いや、緊張が高まる国際情勢を背景に、そのあり方などを巡って議論が分かれています。

- 憲法改正を巡るさまざまな動き -
 憲法施行から70年を迎え、安倍政権は憲法改正に前向きな姿勢を示しています。改憲派の人たちは、GHQに提示した日本側の新憲法案が、明治憲法の微修正に過ぎないと退けられたため、日本国憲法はGHQの手によって占領下で作成された憲法であると主張し続けてきました。また、現憲法が個人を尊重するあまり、国家観が希薄になっているとの意見もあります。
 憲法9条については、以前から改憲派と護憲派の間で論争が続いています。護憲派は、自衛隊の装備は世界有数であり、戦力の保持を放棄した憲法に違反していると主張しています。一方、政府の見解は「自衛隊は自衛のために存在するので戦力ではない」としてきました。近年、政府は積極的平和主義を掲げ、自衛隊を国連平和維持活動(PKO)に積極的に派遣してきました。北朝鮮は核開発を進めミサイルの発射実験を繰り返しています。こうした実態を受け、政府与党の間に憲法で自衛隊の存在を明確にすべきという意見があります。

- 憲法のあるべき姿を考え続ける -
 日本国憲法は、戦後日本の国のあり方を規定し、繁栄をもたらしてきました。このため、国民の間に深く浸透し、問題を抱えながらもその都度、国民の知恵で上手く折り合ってきました。しかし、70年という時間の経過とともに、憲法と現実の社会との間にギャップがあると指摘され、憲法改正を求める声が高まっています。
 一般の法律の作成や改正は、衆議院及び参議院の両議院で可決すれば法律になります。憲法を改正するには、衆議院と参議院の三分の二以上の賛成によって改正案を発議し、国民投票で過半数の承認を得ることが必要です。このように、国の根幹を定める憲法の改正は、他の法律の改正に比べてより厳しいハードルが設けられています。
日本国憲法はこのようにして誕生した - 日本国憲法 前文 -
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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