裁判員制度10年の歴史を検証する【憲法】

裁判員制度10年の歴史を検証する


 【国民感覚はどう刑事裁判に反映されたか】
 刑事裁判の審理に国民感覚を反映させるため、2009年5月にスタートした裁判員制度が今年で10年を経過しました。これまでに9万1000人を超える国民が裁判員を務め、1万2000人以上の被告に判決がいいわたされました。
 分かりやすい裁判が定着しつつあるとされる一方で、裁判の長期化や裁判員の負担増から裁判員候補の辞退率が増加傾向にあり、裁判所への出席率の低下が問題となっています。
 裁判員制度は、同時に導入された検察審査会の強制起訴制度とともに、「国民の司法参加」を目指した司法制度改革の柱です。刑事裁判に国民感覚はどう反映されたのでしょうか。裁判員制度実施10年を検証してみました。

裁判員制度10年の歴史を検証する - 「見て、聞いて、分かる裁判」へ変化 -
 有権者から無作為に抽選で選ばれた6人の裁判員と3人の裁判官が共同で審理する裁判員裁判は、最高刑が死刑または無期懲役・禁固に当たる罪と、故意の犯罪行為で被害者を死亡させた罪が対象です。
 「被告が有罪か無罪か」、また「有罪の場合はどのような刑にするか」(量刑)を判断します。裁判員は法令解釈などを除いて裁判官と同じ権限があり、被告や証人に質問することができます。
 一般国民の感覚を刑事裁判に反映させようという裁判員制度は、施行当初から書面の取り調べに多くの時間を費やしていた審理からの脱却を目指しています。このため裁判員裁判では、裁判員らが法廷で被告から直接話を聞き、心証を取る「公判中心主義」に移行し、「見て、聞いて、分かる裁判」へ変わりつつあります。
裁判員制度10年の歴史を検証する - 審理の長期化などで裁判員候補の辞退率が上昇 -
 最高裁判所は今年5月、裁判員裁判10年を総括した報告書(総括報告書)を公表しました。それによると、「公判審理が変化し、裁判員の視点・感覚を反映した多角的で深みのある判決が示されるようになった」とおおむね順調に推移したと評価しています。
 今年3月末で裁判員経験者は9万1342人。1万2081件の裁判のうち97%が有罪判決となり、死刑が37件、無期懲役が233件、無罪は104件でした。
 量刑面では性犯罪や殺人などが裁判員制度の導入によって量刑が重い方向にシフトし、性犯罪や命を奪う犯罪への国民の厳しい見方が反映されていると思われます。
 一方で厳罰化された殺人や放火では執行猶予判決の割合が増え、裁判員が犯行の悪質性を厳しく問う半面、情状の余地や被告の更生可能性などを考慮して慎重に刑を決めていることが伺えます。
裁判員制度10年の歴史を検証する - 裁判員らの結論を上級審でも重視する「1審尊重」 -
 裁判員裁判の量刑は、過去の判決と事件概要が登録された最高裁の「量刑データベース」を参考にしながら、評議で議論を重ねます。裁判員と裁判官の全員が一致すればそのまま決まりますが、議論を尽くしても一致しない場合は多数決で決めます。
 裁判員と裁判官は等しく1票を持つため、判決には裁判員の感覚が反映されることになります。
 また裁判員制度では、法廷で「生の証言」を直接聞いた裁判員らの結論を、上級審でも重視する「1審尊重」の流れが定着しています。
 ただ国家が人の命を奪う死刑については、やや事情が異なります。今年3月末までに裁判員裁判で死刑が言い渡された37人のうち、5人は高等裁判所で1審判決を破棄して無期懲役とし、3人の刑が確定しました。
裁判員制度10年の歴史を検証する - 審理の時間短縮が今後の大きな課題 -
 こうした一方、審理の長期化や辞退率の上昇などの課題が浮き彫りになりました。裁判員候補に選ばれながら辞退した人の割合(辞退率)は、裁判員制度が始まった2009年の53・1%から年々上昇して、18年には68・4%となりました。辞退しなかった裁判員候補者が選任手続きのため裁判所に出向く出席率は、09年の83・9%から同66・5%に低下しました。
 最高裁の総括報告書では、辞退率が上昇し出席率が低下したのは、審理の長期化や高齢化、雇用情勢の変化、国民の関心の低下が原因だと分析しています。
裁判員裁判の審理の平均日数は、2009年の3.4日から18年は6.4日に増大し、18年神戸地裁姫路支部での殺人事件の公判では、過去最長の207日を要しました。審理の時間短縮は今後の大きな課題といえます。

- 供述調書などの証拠開示が義務付けられる -
 刑事裁判で立証責任を負う検察側は、長年捜査で収集した膨大な証拠から有罪を立証するために、必要なものを選別して法廷で立証してきました。
 裁判員制度の開始にともなって、対象となる事件を巡る争点や証拠を整理する公判前手続きが導入され、供述調書などの証拠開示が義務付けられるようになりました。
 とくに2016年の刑事訴訟法改正では、裁判員裁判などで検察側が全証拠のリストを提出することが盛り込まれ、開示すべき証拠の範囲が拡大されました。
 裁判員裁判は客観的証拠重視の傾向を一層促進してきましたが、証拠開示を義務付けた対象に再審(審理のやり直し裁判)は含まれていません。
 近年裁判所は再審請求での証拠開示に積極的で、「真実の解明に資する」ことを大前提として検察側に不利な証拠の開示を促すケースが少なくありません。

- 今年6月から取り調べの可視化が義務付け -
 裁判員制度の施行に先立つ2006年から検察、08年から警察は、一部の事件を対象に取り調べの録音・録画(可視化)を始め、裁判で証拠として積極的に活用するよう求めてきました。
 そして刑事訴訟法の改正によって19年6月から、裁判員裁判の対象事件や検察が独自に捜査する事件の取り調べについて、原則全過程の録音・録画(可視化)が義務付けられました。
 容疑者の自白の任意性などを証明するためで、逮捕から起訴までの取り調べの様子を可視化することで、強圧的な取り調べの抑止効果も期待されます。
 警察は2018年度、裁判員裁判対象事件の87・6%に相当する2860件で、取り調べの全過程を可視化しています。ただ一部では法廷で録画を長時間再生することへの懸念の声もあります。

- 裁判員に配慮して裁判所は刺激証拠の採用に慎重 -
 遺体や犯行現場の写真、凶器といった刺激の強い証拠(刺激証拠といいます)は、審理の正確さを期すため検察側が積極的に裁判での採用を求めています。しかし、裁判員の精神的負担などを考慮して、裁判所では採用に慎重な姿勢を取っています。
 2013年5月に元裁判員の女性が福島地裁郡山支部での強盗殺人事件の審理で、凄惨な現場写真を見たり、被害者のうめき声の入った通報音声を聞いて急性ストレス障害になったとして国家賠償を求める訴えを起こしました。
 現在、各地裁では裁判員の負担に配慮して、刺激証拠を採用するかどうかは、公判前整理手続きの段階で慎重に検討することにしています。
 また、遺体写真をイラストに置き換えたり、凶器そのものではなく写真を用いたりするケースもあります。

- 裁判員経験者の7割以上が評議に好意的な印象 -
 被告人質問や証人尋問などを行って被告が有罪か無罪か、また有罪の場合の量刑を議論する評議に要する時間が増加傾向にあり、2015年以降は平均700分を超えています。
 最高裁の総括報告書によりますと、2010年は法廷で被告人質問などを行う開廷時間が平均649・6分、評議時間が平均504・4分で、評議時間よりも開廷時間の方が長くなっていました。
 しかし2013年からは逆転し、18年では開廷時間が平均640・3分、評議時間が同778・3分となっています。
 また最高裁判所が行った裁判員経験者へのアンケート調査では、裁判員制度施行後評議での話やすさや議論の充実度については、常に7割以上が「話しやすい雰囲気だった」、「十分議論ができた」と好意的な回答を寄せています。
裁判員制度10年の歴史を検証する - 検察審査会の強制起訴制度 -
起訴にこぎつけても有罪を立証するハードルは高い
 司法制度改革の一環として、裁判員制度とともに始まった検察審査会の強制起訴制度は、検察官(検事)が独占していた起訴権を国民に開放して、「民意」で刑事責任を問う制度です。検察審査会では、有権者からくじで選ばれた11人の審査員が、検察官が不起訴(罪を問わない)とした事件を審査して、不起訴が妥当だったかどうかを判断します。
 強制起訴制度は、11人の審査委員のうち8人以上で「起訴相当」を議決し、検察が再捜査しても起訴しない場合、再び8人以上で「起訴すべき」の議決を経て、裁判所が指定した検察官役の指定弁護士が強制的に起訴する仕組みです。
 導入後10年間で9件13人が強制起訴されましたが、このうち有罪となったのは2018年8月末時点で2件2人にとどまっています。残りは無罪のほか、罪に問えず裁判を打ち切る免訴と公訴棄却です。無罪や免訴などとなったケースが多いのは、捜査のプロである検察が証拠上、刑事責任を問うのは難しいと判断した事件だけに、強制起訴にこぎつけても有罪を立証するハードルが非常に高いためです。
 日本の刑事裁判の有罪率は他国を圧倒して99%以上で、検察の起訴基準は厳格ですが一方では、「検察が事実上有罪・無罪を決めて公判が形骸化している」という批判を招いていました。強制起訴制度は、起訴権を国民にも開放して検察の「起訴独占」に一定の制約を加える役割がありますが、結果的に通常の裁判より無罪になる確率が高い人が法廷に立つことを余儀なくされるという批判もあります。
 また、無罪が確定しても補償規定がなく、逮捕・拘留を経ずに在宅のまま強制起訴されるので、社会的・身体的負担の大きさが問題視され、日本の刑事司法が「法治」から「情治」に傾くことを危惧する声もあります。
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