南極海での日本の調査捕鯨が禁止に【環境】

南極海での日本の調査捕鯨が禁止に


【国際司法裁判所が中止を命ずる判決】
 国際司法裁判所は昨年3月31日、日本が南極海で行っている調査捕鯨について、今のやり方では認められないとの判断を示し、調査捕鯨の中止を命じる判決を出しました。日本は、国際捕鯨条約に基づく科学的な調査だと主張しましたが、これが否定される厳しい判断となりました。この結果、日本は今年の年末から始める予定だった南極海での調査捕鯨を取り止めることになりました。
 クジラを取り巻くさまざまな問題について、これまでの歩みを追いながら今回の判決の意味を考えてみました。


【調査捕鯨禁止に至るまで】

南極海での日本の調査捕鯨が禁止に - クジラを管理する国際捕鯨委員会 -
 国際捕鯨委員会(IWC:International Whaling Commission)は1948年、「鯨類資源の保存と捕鯨産業の秩序ある発展を可能にする」という国際捕鯨取締条約の目的を実現させるため、世界の主要捕鯨国15カ国によって設立されました。日本は1951年からIWCに加盟し、2012年現在での加盟国は89カ国となっています。
 IWCが管理対象としているのは、全世界で83種いるクジラの中で、シロナガスクジラやミンククジラなど大型鯨類13種となっています。他の鯨類は対象となっておらず、国・地域ごとに管理されています。

- 1982年から商業捕鯨は停止に -
 1972年にスウェーデンのストックホルムで開催された国連人間環境会議で、「商業捕鯨の10年間のモラトリアム(一時停止)」との勧告が採択されました。これに続いて開催されたIWCの第24回年次会議で、アメリカは1973年の大型鯨種すべての捕獲枠をゼロにするという提案を行いました。しかし、IWC科学委員会は、鯨種や資源ごとの状況の違いを無視する一括的なモラトリアムは科学的ではないとして否決しました。
 しかし、その後も同じような提案が繰り返され、反捕鯨国が相次いで加盟したこともあって、1982年の第34回IWC年次会議で商業捕鯨のモラトリアムが採択されました。

- 1987年、日本の調査捕鯨がスタート -
 1982年に商業捕鯨が一時停止されましたが、この決定には1990年までに鯨類資源について幅広く調査した上で見直しという条件が付けられていました。しかし、反捕鯨国はこうした条件を無視してモラトリアムの見直しを拒み続けています。
 この決定に、日本はノルウェーなどと異議を申し立てましたが1985年に受け入れを決断しました。日本は2年後の1987年に、商業捕鯨再開に向けて鯨類の生態を詳しく調べる調査捕鯨をスタートさせます。
 1987年からの第1期調査ではミンククジラ400頭、2005年からの第2期調査ではミンククジラの捕獲枠を850頭に拡大し、新たにナガスクジラやザトウクジラも調査対象に加えました。こうして毎年1000頭以上の捕獲を目標にしていました。しかし、反捕鯨国に対する配慮や、環境保護団体シーシェパードなどの妨害によって、実際の捕獲数は2006年以降捕獲枠に届かず、2012年では103頭にとどまっていたのが実情です。
 こうした日本の調査捕鯨に対し、2010年にオーストラリアは日本が南極海で行っている調査捕鯨は実際には商業捕鯨であり、国際捕鯨取締条約に違反しているとして国際司法裁判所に訴えたのです。途中からは反捕鯨国のニュージーランドも加わりました。

- 日本の主張は認められず -
 オーストラリア側は、毎年数100頭に及ぶ日本の調査捕鯨は、もはや調査の域を脱している。捕獲されたクジラの肉が市場で販売されているなどの理由で、実際は商業捕鯨に他ならないと主張しました。
 これに対して日本は、調査捕鯨は条約で認められたものであり、捕獲する頭数は生態系に配慮して科学的に割り出したものである。調査捕鯨で捕獲したクジラの肉の販売は、条約に記された「可能な限り加工して利用しなければならない」との規定に沿ったものであると反論してきました。
 こうした論争を受けて国際司法裁判所が示した判断は、日本側の主張を退けた厳しいものとなりました。判断の骨子は「日本の調査捕鯨は科学的な調査ではあるものの、調査の計画や実施方法が妥当ではない」として、条約で認められている科学的な調査には該当しないというものです。
 具体的には、毎年1000頭に及ぶ捕獲数が必要という科学的証明、捕獲クジラの大半をミンククジラが占めている意味、クジラを殺さないで調査する方法の検討不足などが指摘されました。
南極海での日本の調査捕鯨が禁止に - 新たな提案で再開をめざす日本 -
 国際司法裁判所の判断を受け、政府は現行の南極海での調査捕鯨を裁判所の判決に沿うように改善し、IWC加盟国の理解を得たいとしています。
 これまで、ミンククジラなど3種を毎年1000頭以上捕獲する計画でしたが、実際は目標を大きく下回っています。また、ザトウクジラはホエールウオッチングなどで人気が高く、反捕鯨国からの反対も強いことから捕獲を見送ってきました。このため調査計画自体に科学的根拠が乏しいと指摘されました。また、殺さなくても調査できる手法の確立にも着手し、殺さなければならない場合は、その科学的意義づけを明確にしていくことにしています。
 調査対象は、生息数の多いミンククジラに絞り、将来の捕獲枠を再計算していく方針です。このため、これまで目標としてきた捕獲頭数を大きく下回ると思われます。
 日本はこうした新たな計画を策定し、次期IWC年次会議に提出し、調査捕鯨の再開に理解を求めています。しかし、IWC加盟国の過半数を反捕鯨国が占めているため、日本の新たな提案をめぐって激論が展開されそうです。

- 捕鯨問題はさまざまな分野に派生する -
 日本の南極海での調査捕鯨をめぐる経緯を紹介してきましたが、捕鯨問題は環境、経済、文化、領海、宗教などの分野にまで派生していきます。
 捕鯨の賛否をめぐって近年、クジラを「利用できる水産資源」ではなく、「保護すべき野生動物」という自然環境の保護という観点から議論されるようになってきました。この他にもさまざまな問題が投げかけられています。
・日本に代表されるように、食文化としての捕鯨だけでなく、クジラに関する祭事など日本の伝統文化が消滅しかねないという問題があります。
・クジラを人間と同様に知的動物と捉え、知性が高い動物を食べるのは残酷だとする考え方があります。知能が低い動物はどう考えるのかなど、宗教問題を絡み収拾は困難です。また、動物愛護の観点から安楽死も議論されています。
・ホエールウオッチングと捕鯨の利害対立が目立つようになってきました。ホエールウオッチングは観光資源として注目されていますが、近くで捕鯨が行われるとクジラが集まらないという問題が頻発しています。
・国際法では、公海の利用は自由となっています。しかし、反捕鯨国は公海の利用には国際社会の合意が必要との立場を強めています。
・クジラは食物連鎖の高い次元にあるため、水銀などに汚染されて危険だとの指摘があります。しかし、日本に流通している鯨肉は、国の基準をクリアしており心配ないということです。

【日本の捕鯨の歴史を追って】
南極海での日本の調査捕鯨が禁止に - 古代の遺跡からクジラの骨が -
 日本の捕鯨の歴史は、縄文・弥生時代にまで遡ります。縄文時代や弥生時代の遺跡には、イルカの骨が数多く見つかっています。奈良時代に編纂された万葉集には、捕鯨を意味する記述がみられます。このように大昔から日本人はクジラと親しく接してきました。
 当時は沿岸部での捕鯨でしたが、12世紀ごろになると船をこぎ出して銛で突く「突き取り式捕鯨」が生まれます。江戸時代に入ると、和歌山県の太地で日本初の捕鯨専業組織「鯨組」が設立され、組織的な捕鯨が始まります。さらに「網取り式捕鯨」が開発され、この捕鯨方法が四国や九州に広がり、クジラの漁獲量は一挙に増大していきます。

- 庶民の食料としてのクジラ肉 -
 日本では、仏教の伝来とともに獣の肉を食べることが禁止されていたため、魚による食文化が発展してきました。当時、クジラは魚の仲間と見られていたため、貴重なタンパク源として重宝されてきました。
 江戸時代になると、クジラ肉が庶民の食べ物として大量に出回るようになります。クジラの約70の部位についての調理方法を記した「鯨肉調見方」という専門書も登場します。
 庶民の食卓を支えたクジラに感謝するため、各地で鯨信仰や鯨に関する祭りや芸能が生まれ、現在にまで伝承されています。日本人がクジラとともに歩んできた歴史の証といえるでしょう。

- 近代・現代の日本の捕鯨 -
 江戸時代後半になると、欧米の捕鯨船が日本周辺の海域で油の原料となるクジラの乱獲で、日本の捕鯨は衰退していきます。当時の出来事として、土佐の漁師ジョン万次郎が漁の途中漂流し、アメリカの捕鯨船に救助されたこと。アメリカの使節ペリーが修好通商を求めて日本に来ましたが、要求の中にアメリカ捕鯨船の食糧・飲料水の補給を要求しているなど、欧米の捕鯨船が日本近海で活躍した様子が伺えます。
 日本の近代捕鯨は1899年、船に搭載した砲から綱の付いた銛を発射してクジラを捕獲する「ノルウェー式捕鯨」の導入で再スタートを切ります。新捕鯨法によって沿岸捕鯨が復活し、1934年には南氷洋にも進出していきます。

- 南氷洋にクジラを求めて -
 この南氷洋での捕鯨が、戦後の食糧難に苦しむ日本を救うことになります。欧米諸国も南氷洋で捕鯨を行っていましたが、日本がクジラの肉、皮、内臓、油に至るまですべてを利用したのに比べ、欧米の捕鯨の目的は油の採取に限られていました。このため、安価な石油が出回るようになると南氷洋から撤退していきました。
 日本は最後まで残っていましたが、IWCの商業捕鯨のモラトリアムを受け入れて撤退することになりました。現在、調査捕鯨も中止になったため、IWCの対象種ではない沿岸捕鯨、また従来から行われているイルカ漁業のみが行われています。
南極海での日本の調査捕鯨が禁止に 【過激な活動を展開するシーシェパードとは】
 シーシェパードの正式名称はシーシェパード環境保護団体。本部をアメリカのワシントン州のフライデーハーバーに置く国際非営利団体(NPO)です。1977年に国際環境保護団体グリーンピースを脱退したカナダ人のポール・ワトソンが、海の哺乳動物保護を目的に設立しました。設立当時から、過激な破壊活動で世界にアピールするという手法を採用し、「エコテロリスト」と呼ばれることもあります。
 2007年ごろから、日本の調査捕鯨船を頻繁に攻撃するようになりました。小型ボートで調査捕鯨船に近寄ってレーザー光線で威嚇したり、薬品を投げ入れたりしました。このため、乗組員が負傷し医師の治療を必要とする事件も発生しました。2010年には、小型高速船の船長が調査捕鯨船に侵入し、艦船侵入罪の容疑で逮捕されたこともあります。
 こうした過激な活動にもかかわらず、シーシェパードの活動を支持する企業や著名人も多く、彼らの巨額の寄付で活動を続けてきました。しかし、戦闘的な活動に対し、日本はもとより欧米諸国でも批判の声が高まり、企業や著名人の間でも距離を置くところが増えています。
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