「猫ブーム」の陰で―日本人と猫の歴史から考えるペットとの共生【環境】

「猫ブーム」の陰で―日本人と猫の歴史から考えるペットとの共生


 日本では、2012年をピークに犬の飼育数が減少しているのに対して、猫の飼育数は年々増えつづけています。空前の猫ブームは、安倍政権の経済政策「アベノミクス」にならって「ネコノミクス」とも呼ばれます。現在の猫ブーム、そしてペットの飼育が抱えるさまざまな問題を追ってみました。


- 日本人は昔から猫が大好きだった -
 アフリカ原産の猫は、文明の発達にともなって世界中に広がりました。
 日本ではネズミ退治の強い味方から、人に安らぎをもたらすペットへと、日本人と猫は1500年近くの間、仲良く暮らしてきました。

「猫ブーム」の陰で―日本人と猫の歴史から考えるペットとの共生 - 猫は天皇や貴族だけのものだった -
 紀元前5000年頃、古代エジプトで、ネズミなどの害獣から食料などを守るために、猫が飼われるようになりました。家畜化された猫は、エジプトからヨーロッパに伝わります。ローマ帝国の軍隊は、ネズミから兵隊の食料を守るために猫をつれて各地に遠征し、猫をヨーロッパ各地に広めました。ローマ帝国と中国の間の交易が活発になると、猫は中国をはじめアジア各地に伝わります。そして、奈良時代、仏教の経典をネズミによる食害から防ぐために、猫は中国から日本へとやってきました。日本人と猫の長いつきあいのはじまりです。

- 猫はどこから日本にやってきたの? -
 中国から日本へやってきた猫は、貴重なペットとして天皇や貴族に愛されました。なかでも宇多天皇(867~931)が黒猫を溺愛したことはよく知られています。 また、『源氏物語』には、猫がすだれを巻き上げたことで、貴族の男女が出会うというエピソードもあります。貴重なペットだった猫の多くは、逃げないようにひもをつけて飼われていました。
「猫ブーム」の陰で―日本人と猫の歴史から考えるペットとの共生 - 庶民に愛されるようになった猫 -
 江戸時代に入ると、ネズミによる害がひどくなり、これに困った幕府は、ネズミを捕まえるために、猫を放し飼いにするよう命じました。その結果、猫の数は増え、現在のように庶民でも猫を飼えるようになりました。愛らしい猫の仕草は浮世絵のモチーフになり、ネズミ除けのお守りとされた猫の絵も爆発的に売れました。この時代のヨーロッパでは、黒猫は魔女の手先だとして嫌われましたが、日本では黒猫は商売繁盛をたすける存在として広く愛されました。商売繁盛を願う「招き猫」が生まれたのも江戸時代のことです。

- 猫の毛皮まで利用した戦争 -
 明治以降も、商売繁盛の象徴として、またネズミ捕りの心強い味方として愛された猫ですが、戦時中は、猫も戦争に駆り出されました。さまざまな物資が不足していた日本は、家畜はもちろん、飼い犬や飼い猫までも戦争遂行のために供出させられたのです。犬は戦地で軍用犬にされましたが、多くの猫の毛皮は、飛行機のパイロットが着る防寒服などに利用されました。また、空襲などで、人間だけではなく、多くの犬や猫も犠牲になりました。

- 戦後の猫ブーム -
 戦後、アメリカからやってきたシャム猫など外来種の猫がブームになりました。その結果、長く日本で暮らしてきた猫との混血が進みました。以前は猫の多くは家の中と外を自由に往き来していましたが、現在では、猫の糞尿被害や、猫の健康面を考慮して、飼い猫は自宅のなかだけで飼うこと(室内飼い)が推奨されています。
「猫ブーム」の陰で―日本人と猫の歴史から考えるペットとの共生 - ペットをとりまくさまざまな課題 -
 有史以来、人類の心に安らぎをもたらしてきました。しかし、現在では、ペットとの暮らしにさまざまな問題が生じています。とくに日本では、ペットの殺処分、災害時の避難、飼い主の高齢化が問題となっています。

- 猫ブームなのに…殺処分される動物の多くが子猫 -
 2015年の調査によると、ペットとして飼われる犬は約991万匹、猫は約987万匹となっています。しかし、毎年5万匹の犬、10万匹の猫が、保健所などに持ち込まれ、殺処分されている悲しい現実があります。殺処分される猫の多くは、生まれたばかりの子猫です。野良猫が生んだ子猫が保健所に持ち込まれることが多いですが、親猫が生んだばかりの子猫を、親猫の飼い主が保健所に持ち込むこともあります。
 子猫が多く殺処分される理由のひとつに、猫の繁殖力の高さがあります。雌猫は生後6カ月で妊娠が可能になり、1回の出産で4~6匹の子猫を生みます。そのうえ、猫は1年に3回妊娠できるので、計算上は1年で12~18匹の子猫が1匹の母猫から生まれることになるのです。
 犬の場合は、成犬が保健所に持ち込まれることが多くなっています。その理由は、引っ越しなどで飼えなくなったから、なつかないからといった飼い主の側の都合が圧倒的です。2013年9月に動物愛護管理法が改正・施行され、飼い主がペットの「終生飼養」の責任を負うことになりました。しかし、安易に保健所にペットを持ち込む飼い主は、なかなか減りません。
「猫ブーム」の陰で―日本人と猫の歴史から考えるペットとの共生 - 危険と隣り合わせに生きる猫 -
 ペットとして飼われている猫の3割が、屋外で暮らしています。屋外で暮らす猫は、予期せぬ事故にあってケガをしたり、病気になったりするリスクが、室内飼いの猫と比べてはるかに高くなっています。そのため、完全室内飼いの猫の平均寿命が15年なのに対して、屋外で暮らす猫の平均寿命は12年といわれます。飼い主のいない野良猫の場合、平均寿命は5年程度です。最近では、屋外で暮らす猫や野良猫を虐待する事件も相次いでおり、猫が屋外で暮らすことによる命の危険は、ますます高まっています。なお、犬や猫など動物を故意に殺した場合、2年以下の懲役または罰金が科されることになっています。

- 迷い犬・迷い猫の防止のために -
 室内飼いの猫が、うっかり外に出てしまって家に帰れなくなり、迷子になるケースもあります。散歩中の犬が逃げてしまうこともあります。犬や猫に飼い主の連絡先を記した首輪や名札をつけていても、外れてしまうことが多いため、アメリカやヨーロッパでは、飼い犬・飼い猫の首に、飼い主の情報を記録したマイクロチップを埋め込むことになっています。マイクロチップリーダーで飼い主の情報を読み取ることで、迷子の犬や猫は、無事に飼い主のもとに戻ることができます。日本でも、動物愛護管理法によって、マイクロチップの装着を行うべきとされていますがなかなか普及していません。
「猫ブーム」の陰で―日本人と猫の歴史から考えるペットとの共生 - 地域猫活動 -
 環境への関心が高まり、外で暮らす猫と住民のトラブルが増えてきました。このため、地域の人びとが責任をもって外で暮らす猫の世話をする地域猫活動という取り組みが、各地ではじまっています。
 地域猫活動のポイントは、①猫の不妊・去勢手術の実施、②猫の糞尿の処理、③決まった場所での猫への餌やりと食べ残した餌の片付けです。とくに重要なのが、「TNR活動」といわれる猫の不妊・去勢手術の実施です。 不妊・去勢手術によって子猫の誕生が減れば、殺処分される子猫の数が減ります。将来的には外で暮らす猫の数を減らすことにもつながります。また、決まった人が餌をやり、定期的に糞尿を処理することで、猫の糞尿被害に悩まされる住民とのトラブルも防ぐことができます。不妊・去勢された猫の耳は、V字にカットされています。
 地域猫活動は、不妊・去勢により子孫を残すことができない猫の一生を、地域で大切に見守る取り組みでもあります。

- 避難のとき、犬や猫を連れて行ける? -
 事故や災害が起きたとき、ペットを連れて避難するには、多くの困難がともないます。まず、行政などが指定する避難所の多くは、犬や猫などのペットを連れて避難してくることを想定していません。
 鳴き声を迷惑に感じる人もいますし、アレルギーの症状をもつ人もいるので、簡単にペットを避難所に連れていくことはできません。それでも最近は、ペットを家族の一員として認める意識が高まっており、動物愛護管理法にも避難所までペットを連れて行く「同行避難」の原則が記されており、ペットを連れて避難所に行くことができるようになってきています。
 ペットを連れてスムーズに避難するためには、日頃からの準備が必要です。まず、犬や猫が感染症になるのを防ぐために、毎年ワクチンを接種する必要があります。多くの犬や猫は、キャリーバッグに入れられるのを嫌がるので、キャリーバッグにも慣れさせておく必要があります。飼い主も、フードなどペット用の避難グッズをすぐに持ち出せるように事前に準備しておけば、災害時にスムーズな避難ができます。

- 高齢化社会のなかで -
 子犬や子猫のときから飼いはじめると、15年から20年にも及ぶペットとの生活は、社会の高齢化の影響を受けて変化してきています。飼い主の高齢化が進み、ペットを残して先立つ人が増えているのです。飼い主の高齢化が進んでも、ペットを連れて入居できる高齢者住宅や老人ホームはまだ少ないのが現状です。
 また、飼い主に先立たれたペットが保健所に持ち込まれ殺処分されることも珍くありません。飼い主が亡くなった犬や猫に新しい飼い主を見つける取り組みも進められていますが、子犬・子猫に比べると成犬・成猫の人気は低く、なかなか新しい飼い主は見つかりません。
 飼い犬・飼い猫が元の飼い主と離れて、犬や猫だけで余生を過ごす老犬ホームや老猫ホームもできています。多くの場合、平均寿命まで生きることを前提に計算された飼育費を、飼い主がホーム側に支払い、飼い犬・飼い猫が亡くなるまでの飼育をホームに依頼することになります。また、ペットと飼い主が一緒に入ることのできるお墓もできています。
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