世界最高速の スーパーコンピュータ「京」とは?【科学】

世界最速のスーパーコンピュータ「京」が今年6月に完成し、11月から運用が始まります。最新のパソコンの数万倍、現在主流のスーパーコンピュータの数百倍の計算能力があるといわれ、昨年6月と11月の世界ランキングで連続1位になりました。
これまで不可能だった実験や分析、予測が可能となり、今まで見えなかった世界を見ることができるようになりました。すでに「京」を活用して医療、製薬、宇宙、防災、モノづくり、エネルギーなどの分野で、次世代の研究プロジェクトが動き出しています。「京」が生み出す未知の世界を覗いてみましょう。

みなさんは新聞やテレビなどで、スーパーコンピュータ「京」のニュースを目にしたことがあると思います。昨年11月に1秒間に1京510兆回の計算ができ、世界最高性能を記録しました。1京というのは、1兆の1万倍で、スパコン「京」は、世界2位の中国のスパコン「天河1A号」の4倍近い能力があります。
この「京」は、データ処理や計算を行なうコンピュータの頭脳ともいえる、約8万8000個のCPU(中央演算装置)を並列につないだ構造になっています。
数多くのCPUを正確に連動させ、データの処理、通信の遅延を防ぐ最新の技術を組み合わせることによって、ズバ抜けて高い性能を実現したのです。
その計算能力はどれくらいのものでしょうか?
- 70億人が毎秒1回、17日間かけて行う計算を1秒で処理 -
スパコン「京」は1秒間に1京以上の演算処理(計算能力)を持っています。これは、毎秒1兆回演算処理できるコンピュータを1万台同時に動かした能力に匹敵するといわれます。それは、「地球上にいる70億人の全人類が、24時間寝ないで毎秒1回、17日間かけて行なう計算を1秒でやってのけるレベル」といいます。
今から6年前の2006年に独立行政法人の理化学研究所が、次世代のスーパーコンピュータ開発プロジェクトを立ち上げました。2009年7月からは富士通と共同でスパコン「京」の研究を進め、今年6月完成にこぎつけることになったのです。
総事業費は約11 20億円で、電話ボックスのような高さ2mのラックに、64ビットの最新のマイクロプロセッサー(MPU)を8個組み込んだCPU(中央演算処理装置)が102個収納されています。このラックが864台、総延長1000キロメートル以上に達する20万本もの高速ケーブルで接続されていて、世界最高速の計算能力を発揮します。

ところでスパコン「京」はどこにあるのでしょうか?
神戸市の沖合いに埋め立てられた人工島「ポートアイランド」の南端に、理化学研究所の計算科学研究機構があります。その計算棟と呼ばれる建物の3階、柱が1本もない50m×60mの広々としたスペースに、スパコン「京」の864台のラックが整然と並んでいます。
スパコン「京」は計算処理が速いだけでなく、消費電力が少なく、使いやすいといった優れた特徴があります。
大量のデータを高速処理するコンピュータは膨大な熱が発生します。スパコン「京」のフロアは、二重構造で冷たい空気が床下から送り込まれ、室温は常時20℃に保たれています。
また、ラック内にこもるCPUの熱を水冷方式で効率よく冷却するなどの工夫が凝らされています。
それでは、「京」で何をしようとしているのでしょうか?
- スパコンの最大の狙いは高度なシミュレーション -
文部科学省はスパコン「京」の活用分野として①生命科学・医療・創薬の基盤②新物質・エネルギーの創成③防災のための地球変動予測④次世代ものづくり⑤物質と宇宙の起源と構造の5つを挙げています。
世界最高速のスパコンの最大のメリットは、コンピュータ上で行なう高度なシミュレーションです。
模型や試作品を作って行なう実証実験を、シミュレーションに置き換えれば期間や費用を大幅に圧縮することができます。
また、気候変動や地震、津波の予測など自然界の現象や宇宙の生成、物質の成り立ちなど、これまで不可能だった複雑な解析やシミュレーションが可能となり、新しい発見や未知の現象の解明につながっていきます。
では、具体的なプロジェクトを見てみましょう。
- 「京」で期待される大地震・大津波の予測と災害の予防 -
スパコン「京」開発の一翼を担った富士通と東北大学が、「京」を使って津波の動きを三次元の立体画像で再現する世界初のシステムを開発中です。
大津波が陸地をさかのぼっていくまでの精密なシミュレーションには膨大な計算能力が必要で、従来のスパコンでは困難でした。
「京」を活用することで、大津波によって堤防や建築物にどのような力が加わって、破壊されたのかが解明されます。
このため、津波に対してより強い避難ビルや構造物の設計に役立てることができます。
また、津波が住宅地や市街地を襲った場合を予測して、避難経路や避難場所などを適切に指定した効果的なハザードマップの作成につながり、津波被害の予防に威力を発揮します。三年以内に実用化を目指しています。

また、東京大学の先端科学技術研究所と中外製薬、興和、富士フィルムがそれぞれ「京」を用いて9月から抗がん剤の開発に着手します。
このため、現在化合物の合成やたんぱく質への作用をシミュレーションする専用ソフトの開発を急いでいます。
抗がん剤の研究は、分子構造などをもとにした計算によって、多数の化学物質の中から有力な候補を探し出します。さらに、候補物質のがん細胞への作用を繰り返し検証する必要があります。
これまではスパコンの能力不足のため試験管を使う実験作業が必要でしたが、「京」を使えば候補物質の探索から作用のシミュレーションまでを一貫して検証できます。これによって、10年以上もかかっていた開発期間が10分の1に短縮できると期待されています。
- 個々人の体質に応じた次世代のオーダーメイド医療も「京」で実現へ -
台風の進路予測や天気予報、気候予測の精度をより高めたり、患者一人ひとりのDNA(遺伝子情報)を解析してオーダーメイドの新薬を開発したり、抗がん剤の候補となる化学物質を探してその作用を検証するなど、いずれもより計算能力の速いスパコンによるシミュレーションで行います。
とくに、近未来の医療は、個人の遺伝情報をもとに、その人に合った病気の治療法や予防法を見つける「オーダーメイド医療」になるといわれています。オーダーメイドの治療や薬を実現するために、計算速度の速いスパコン「京」が活躍することになります。
- 心臓の動きの解析が、従来2年かかっていたものが1日で -
このほか、自動車の衝突を精密にシミュレーションして解析し、安全性能を高めた自動車の設計にも「京」が威力を発揮します。長距離の走行実験も、コンピュータ上のシミュレーションで実施することで、ドライバーの負担を軽くし、時間と費用が大幅に節約できるのです。
また、心臓疾患の原因の究明や効果的な治療を行なうために心臓のシミュレーションを行ないますが、心臓の動きを細胞一つひとつのレベルまで再現するのに従来は2年かかっていました。
この複雑な心臓シミュレーションも、スパコン「京」だと1日で済むといわれます。
より高度なシミュレーション技術は、医療や製造業をはじめとした幅広い分野で技術力を高めるキーポイントとなっています。

宇宙研究でも「京」への期待が膨らみます。
ビッグバンにはじまる宇宙の誕生から天体の形成過程、素粒子や原子の解析など、物質と宇宙の起源や構造の解明に、スパコン「京」の活用が期待されます。
宇宙の歴史は137億年前のビッグバンと呼ばれる超高温、超高密度の状態から始まったと考えられます。その後温度が下がるにつれて陽子や中性子、原子核が誕生していきました。
ビッグバンに始まる宇宙の歴史の中で、素粒子から原子核、星、銀河の形成までの物質と宇宙の起源、構造の解明に、1秒間に1兆の1万倍以上の計算能力を持つ「京」を用いて研究されています。