新型固体燃料ロケット 「イプシロン」の挑戦【科学】

新型固体燃料ロケット 「イプシロン」の挑戦


【高性能と低コストの実現をめざした新型ロケット】
  8月27日に打ち上げる予定だった新型固体燃料ロケット「イプシロン」が9月14日、鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ、搭載された惑星分光観測衛星「ひさき」(SPRINT−A)を予定の軌道に投入することに成功しました。
 イプシロンは、2006年に運用を終了した「M(ミュー)−V」に代わる最新鋭の固体燃料ロケットです。全長約24m、重さ約90tというコンパクトな機体には、ペンシルロケットからM−Vに至る約半世紀もの間に蓄積された新しい技術がふんだんに込められています。こうした努力を通じて、ロケットの打ち上げをもっと安価で手軽なものにし、「宇宙への敷居を下げる」という宇宙航空研究開発機構(JAXA)のスローガンの実現をめざします。

新型固体燃料ロケット 「イプシロン」の挑戦 - 日本の宇宙開発はペンシルロケットから -
 日本の宇宙開発は、1955年の糸川英夫博士らの手によるペンシルロケットの水平発射実験から始まります。当時、イギリスではジェット輸送機「コメット」が就航していました。このため、欧米の後塵を拝するジェット輸送機の研究よりも、新しいロケットの研究に取り掛かろうということになりました。
 日本の固体ロケットの開発は、一貫して国産技術で推進されてきました。ラムダロケットによる日本初の人工衛星「おおすみ」を始め、M−3S−Ⅱロケットによるわが国初の太陽系探査「さきがけ」や「すいせい」、そしてM−Vロケットで打ち上げられた「はやぶさ」が、世界初の小惑星「イトカワ」から微粒子の採取を果たすなど輝かしい成果を打ち立ててきました。
 しかし、M−Vロケットはロケットの実験・研究などを主目的に開発されてきました。このため、機体は約140tにも達し、1機ごとの仕様も異なることから量産に適していません。さらに、打ち上げ費用も約75億円と高く、経済性・運用性・即応性などに大きな課題を抱えていたため、2006年の打ち上げで廃止となりました。

- 新技術を駆使してコストダウン -
 イプシロンはギリシャ文字の「E」の読みからきたもので、革新や開拓などの意味が込められています。イプシロンの最大の特徴は、打ち上げる仕組みを簡単にし、宇宙科学や宇宙利用をより拡大しようということです。つまり、発射設備や運用、製造プロセスをコンパクトにすることでM−Vロケットが抱えていた課題を克服していきます。このため、イプシロンには画期的な技術が数多く盛り込まれています。
 その代表ともいえるのが、新しい打ち上げシステムの導入です。その鍵を握るのがロケットの知能化で、イプシロンでは搭載機器の点検をすべてロケット自身で行います。こうした革新的な打ち上げシステムを「モバイル管制」と呼び、世界で最もコンパクトで、なおかつ発射場に依存しない管理システムとなっています。
 今回の打ち上げでは、管制室で8人ほどのスタッフが2台のパソコンを駆使してイプシロンの打ち上げを管理しました。非常にコンパクトな打ち上げになり、経費の大幅な削減に貢献しました。
新型固体燃料ロケット 「イプシロン」の挑戦 - 打ち上げを日常的なものにするために -
 従来のM−Vロケットでは、打ち上げ前の地上での点検作業が多く、組み立て作業も発射台で手作業で行っていました。このため、手間と人手がかかり、ロケットを発射台に立ててから打ち上げまでに2カ月近くかかっていました。
 これに対してイプシロンでは、ロケットの各部品を完成に近い形で発射場に持っていける仕組みになっています。代表的なものとして、衛星を覆うフェアリングを一体成型することで、組み立て工程の軽減を図っています。つまり、プラモデルを組み立てるように簡単になっているため、ロケットを発射台に立てた後、約1週間で打ち上げが可能になったのです。
 こうした努力の結果、打ち上げ費用はM−Vロケットの約半分の38億円に抑えることができました。このまま打ち上げが順調に進めば、将来的には30億円程度で打ち上げが可能になると見込まれています。
新型固体燃料ロケット 「イプシロン」の挑戦 - M−VロケットやH−ⅡAロケットの技術を継承 -
 M−Vロケットの後継機であるイプシロンは、高性能と低コストをめざしています。この目的を実現させるため、M−Vロケットの技術を継承・発展させ、液体燃料ロケットH−ⅡAの技術を活用・共通化しています。
 イプシロンの2段目、3段目には、世界最高性能とうたわれたM−Vロケットの上段モータを改良して使用しています。改良でさらに軽量化するとともに、製造プロセスの簡素化を図り、低コスト化を実現しました。また、イプシロンと並んで日本の基幹ロケットであるH−ⅡAロケットの補助ブースターを1段目に活用しています。
 このように、実績のある既存技術と最新の技術を有機的に組み合わせることで低コスト化を実現するとともに、信頼性や高性能、安全性の向上を一層高めています。

- 液体燃料ロケット「H−ⅡA」とイプシロン -
 ロケットを打ち上げるためには燃料が必要です。その燃料は、大きく分けると固体燃料と液体燃料があります。現在の日本の主力ロケットはH−ⅡAですが、このロケットは液体燃料を使用しています。
 液体燃料ロケットは、打ち上げ直前に燃料を詰めるため、準備に手間と時間がかかります。構造も複雑で設計や取り扱いは難しいとされます。しかし、燃料と酸素をバルブで適切に調整しながら飛ぶので、目的地まで精度よく飛ばすことができます。さらに、打ち上げ精度も高く、固体燃料よりも重い荷物を打ち上げることができます。ちなみにH−ⅡAロケットでは約10tまで宇宙に運べます。
 これに対し、イプシロンが採用する固体燃料ロケットは、はじめからロケットに燃料が入っているため、発射準備期間が短縮されます。構造もシンプルで「花火」をイメージすればいいかもしれません。部品が少なく小型化も可能で、製造コストや打ち上げ費用も安くなっています。ただ、ロケットの制御が難しく、液体ロケットほど重たい荷物を運ぶことはできません。
 JAXAでは、それぞれの特性に合わせ、打ち上げの用途に応じて液体燃料のH−ⅡAと固体燃料のイプシロンを使い分けていくことになりそうです。
新型固体燃料ロケット 「イプシロン」の挑戦 - 国際競争も視野に入れて -
 イプシロンは、今回の惑星分光観測衛星「ひさき」のほか、災害対応や海洋探査のための小型衛星の打ち上げが予定されています。さらに、今後新興国を中心に需要が高まると予想される小型衛星の打ち上げ受注にも力を注いでいく方針です。政府も人工衛星の打ち上げなどの「宇宙ビジネス」を今後の成長産業として位置づけ、今後の受注に大きな期待を寄せています。
 ライバルとなる海外の中小型ロケットは、表にあるように各国で各種開発され、その特徴を競っています。中でも、ロシアと欧州が協力する「ロコット」が強力なライバルと見られています。ロコットは、大陸間弾道ミサイルを衛星打ち上げに転用したもので、豊富な打ち上げ実績を誇っています。しかも、打ち上げ費用はイプシロンを下回る約20億円程度とみられています。
 イプシロンは、今後打ち上げ頻度を増やすことでコストダウンを図るとともに、世界初の「モバイル管制」などの最新技術をアピールしていきます。
新型固体燃料ロケット 「イプシロン」の挑戦 【世界初! 惑星を観測する宇宙望遠鏡】
- 惑星分光観測衛星「ひさき」 -
 惑星分光観測衛星「ひさき」は、地球を回る人工衛星軌道から金星や火星、木星などを遠隔観測する世界で最初の惑星観測用の宇宙望遠鏡です。
 金星と地球、これに火星を加えた3つの地球型惑星は、太陽系誕生の初期には非常に似通った環境を持っていたと推定されます。しかし、太陽系が誕生した後、10億年以内の期間に兄弟ともいえる3惑星は、現在の状態に近い姿に成長・変貌しました。金星では水が宇宙空間に逃げ出し、二酸化炭素を中心とした乾いた大気になり、地表面の温度は400℃にも達しています。一方、火星は大気中の炭素成分の多くが宇宙空間に逃げ出し、現在では寒冷な世界になっています。
 惑星分光観測衛星「ひさき」では、これら地球型惑星の大気が宇宙空間に逃げ出すメカニズムなどを調べます。さらに、極端紫外線の観測能力を活かして、木星のイオから流出する硫黄イオンを中心としたプラズマ領域の観測を行い、木星プラズマ環境のエネルギーがどのように供給されているかを調べます。
(宇宙航空研究開発機構HPより)
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