バイオミメティクス(生物模倣技術)を探る【科学】

バイオミメティクス(生物模倣技術)を探る


【長い進化の過程を生き抜いた生物から学ぶ】
長い進化の中で生物に備わった機能や形状を模倣して、私たちの暮らしに役立てようという試みをバイオミメティクス(生物模倣技術)といいます。近年、電子顕微鏡や超微細技術(ナノテクノロジー)の発達によって生物独自のパワーのメカニズムが解明され、人の手で再現が可能となってきました。21世紀のイノベーションと言われるバイオミメティクスを探ってみましょう。

バイオミメティクス(生物模倣技術)を探る - 生物の優れた機能、形状をまねて不可能を可能に -
 より速く、より高く、より強く。人類は他の生物が持つ優れた能力に一歩でも近づこうと努力を重ねてきました。生物の優れた動きや形状をまねて不可能を可能にしようという試みは古くからありました。
空を飛ぶことを夢見ていたルネサンス期イタリアのレオナルド・ダ・ヴィンチが、鳥を模倣して作ったハングライダーやヘリコプターのモデルは有名です。
 バイオミメティクス(biomimetics)という言葉は、Bio(生物)とmime(まねる)あるいはmimic(模倣者)を組み合わせた造語です。生体の神経システムをヒントに電気回路を発明した米国の神経生理学者、オットー・シュミット博士が1950年代後半に提唱しました。
バイオミメティクス(生物模倣技術)を探る - 野生ゴボウの実をヒントに面ファスナーを開発 -
 私たちの身近にあるマジックテープ(面テープ)は、バイオミメティクスの最初のモデルだといわれます。1948年のスイスで、山奥に狩猟に出かけていた発明家のジョルジュ・デ・メストラルは、ひっつき虫の仲間である野生ゴボウの実が衣服や犬の毛に張り付いているのに気づきました。
 顕微鏡で見ると、野生ゴボウの実から無数の繊維状の鉤(かぎ)が出ていて、衣服や犬の毛にしっかり絡み付いていました。50年代に入ってこれをヒントに、特殊ナイロン糸を使用して無数の鉤と輪で構成された面ファスナーを開発しました。
 ちなみにマジックテープというのは、1960年に面ファスナーを日本で初めて製造販売したクラレの商品名です。
バイオミメティクス(生物模倣技術)を探る - ハスの葉、バラの花びらから撥水性塗料や化粧品 -
 ハスの葉の表面は、ナノ(1ナノ=10億分の1)メートルレベルの無数の微細な突起物が並んだ構造になっています。そして、そこから分泌されるワックス状の化合物との相乗効果で高い撥水性と、付着した異物を洗い落とす自浄効果(ロータス効果)を発揮します。
 このハスの葉の表面構造をヒントにして撥水性塗料や、雨で汚れが簡単に落ちる建材用塗料が開発されました。
 また、バラの花びらは水をはじいた水滴が逆さにしても落ちないほど強い吸着力(保水力)を持っています。バラの花びらの撥水性、保水性の研究成果が保水効果の高い化粧品やコーティング剤に応用されています。

- ヤモリの足指構造を真似た強力な粘着テープ -
 生き物の生態をヒントにしたバイオミメティクスで有名なのが、ヤモリの足の指を模倣して開発された接着テープです。
 ヤモリの足指の裏には細かな毛が高密度で密生しています。さらに、これらの毛の先端が100〜1000本程度に分岐した構造になっています。
 このため、ヤモリは細かな毛の1本1本が、壁や天井に密着し、垂直な壁や天井を自由にはい回ることができるのです。
2010年に日東電工と大阪大学大学院工学研究科の中山喜萬教授らが共同で、ヤモリの足指構造を模倣した「ヤモリテープ」を開発しました。 
 直径数ナノ(1ナノ=10億分の1)メートルから数十ナノメートルのカーボン・ナノチューブを毛のように1平方センチ当たり100億本の密度でびっしり並べた構造です。わずか1平方センチの面積で500gの重さを保持でき、繰り返し使用できる強力な接着テープが生まれました。
バイオミメティクス(生物模倣技術)を探る - サメ肌の競泳水着、蚊の口先ヒントに痛くない注射針 -
 サメの表面には、数十ミクロン(1ミクロン=100万分の1)の間隔でリフレット構造と呼ばれる微細な溝があって、撥水性や水流の摩擦抵抗を軽減する機能があります。サメの表面構造を水着に採り入れた速く泳げる競泳用水着が、2008年の北京オリンピックで注目を集めました。
 サメ肌のリブレット構造を取り入れたリブレット・フィルムが、レース用ヨットの船体や航空機の機体などに貼られ、速度の向上や燃費の低減に利用されているようです。
 さらに光を反射しない機能を持つ蛾(ガ)の目の構造を模倣した反射防止フィルム(モスアイ・フィルム)が、スマホやパソコンの表示画面に組み込まれています。
 このほか極細の蚊の口さき(針)をヒントにした痛みを感じさせない注射針が、糖尿病患者のインスリン注射などに用いられています。材料が植物性の樹脂で、蚊の口さきと同じく、表面をギザギザの形状にし、針が肌に接する面積を小さくして痛みを感じさせなくしています。

- 昆虫の嗅覚を応用して高感度の臭い検知器 -
 東京大学先端科学技術研究センターでは、ショウジョウバエや蛾などの昆虫に備わっている鋭い嗅覚を応用して、食品や飲料のカビ臭を検知する高感度のにおい検出器の開発が進められています。
 昆虫の触覚にある微細な毛の内部には、嗅覚受容体と呼ばれるにおいセンサーがあります。研究スタッフはこの嗅覚受容体をベースにしてにおいの強弱に応じて光を出すセンサー細胞を開発しました。
 今後、嗅覚受容体の種類を替えることで様々なにおいが判別できれば、麻薬探知や犯罪捜査、災害救助などに応用が可能だとしています。

- 蜘蛛の糸の人工合成に成功 -
 このほか、ハチやハエの羽ばたき、急旋回する蛾、静かに滑空するトンボなどの飛翔を模倣して、静止飛行や滑空、急旋回が可能な省エネタイプの小型飛行ロボットの研究が進められています。
 最近では軽くてナイロン糸の4倍の伸縮性をもち、鋼鉄糸の3倍の強度を持つ蜘蛛の糸の人工合成に成功しています。山形県にある大学発のベンチャー企業が世界で初めて量産技術を開発し、年内にも製品化の予定です。衣料や自動車、航空機部品、人工血管など幅広い分野に活用が期待されています。
バイオミメティクス(生物模倣技術)を探る - 生物のパワーで従来技術の限界を突破 -
 最近のバイオミメティクスは、単に生物がもつ機能や構造をまねる「ハードの模倣」だけでなく、生物の行動様式や目に見えない情報処理、集団行動の制御システムなどをまねる「ソフトの模倣」にも関心が高まっています。
 イワシなどが群れをなして回遊する泳ぎのルールを模倣して、群れになって自動走行するぶつからないロボットカーの研究などはその好例です。 
 自然と共生する生物の行動パターンから、省エネルギーや環境浄化などのヒントを探ると共に、生物のパワーで従来技術の限界を突破して、新たなイノベーション(技術革新)を創出しようという試みがなされています。

- 広範な学際ネットワークの形成が必要 -
 最近、自然界で生育する生物の特殊な能力を見直し、生物から学んで人類の持続可能な発展につなげようという意識が高まってきました。
 バイオミメティクスを現代社会の様々な問題解決に役立てていくためには、生物学と工学の連携を中心に、医学、物理学、化学、情報処理など広範囲の研究者が連携して、学際的なネットワークを形成して取り組む必要があります。
 このため昨年夏、大学や企業の研究者約100人が集まってNPO法人「バイオミメティクス推進協議会」が設立されました。バイオミメティクスに関する製品開発やコンサルティングの支援、調査研究を行っています。
 特許庁でも2014年から、バイオミメティクスに関する特許出願の技術動向調査を開始しました。さらに、文部科学省などが中心になって、生物学と工学の関連するデータを相互に結びつけて研究開発を支援する「バイオミメティクス・データベース」の構築が進められています。

■バイオミメティクスとイノベーション
生物に学んでトップダウン式の技術革新
生物の優れた機能や形態、知恵の構造を、既存の工学知識の積み上げでボトムアップ式に開発するには限界があるといわれます。バイオミメティクスは生物が持つ様々な機能とその原理やシステムを観察・分析し、これを模倣してトップダウン式に飛躍的なイノベーション(技術革新)を実現しようという試みです。
 電子顕微鏡やコンピューター技術、超微細なナノテクノロジーの発展で、これまで知ることのなかった生物の優れた機能のしくみや原理が明らかになり、複雑な機能や構造がより忠実に再現できるようになりました。
 カワセミやカモノハシのくちばしを模倣して空気抵抗の少ない新幹線の先頭形状の設計に生かすなど、生物からの学びはこれからのイノベーションには欠かせません。
 アップル社の創業者の一人であるスティーブ・ジョブズは生前、「21世紀のイノベーションは生物学とテクノロジーが交わる場所から生まれるだろう」と述べています。バイオミメティクスの新時代を予見しているかのようです。

■バイオテクノロジーとバイオミメティクス
自然を支配する技術から共生する技術へ
バイオテクノロジー(生物工学)は、生体の機能や構造を工学的に解析・活用(導入)して、食料や医薬・医療などの分野で新たな価値を創造する技術を指します。
 生体の現象を工学的に研究し、応用するバイオテクノロジーは、遺伝子組み換えや細胞融合などの先端技術を駆使して遺伝子創薬や再生医療、遺伝子治療を生みだし、医療や食料、環境、エネルギーなどの分野で価値ある技術や製品を数多く生み出してきました。
 これに対してバイオミメティクスは、生体の機能や構造を人工的に再現(模倣)して産業や暮らしに応用する技術をいいます。
 蚕は体内から分泌物(絹糸腺液)を噴き出してマユをつくります。このマユをほぐして絹糸の原料の生糸を作りますが、1935年に米国ジュポン社のウォーレス・カローザス博士が、蚕のマユから製造される絹糸を模倣してナイロンを開発したのがバイオミメティクスの始まりといわれます。
 古来、人類は農地や燃料を得るため山林を切り開いて環境を破壊し、多くの生物を駆逐し、また捕獲して自然を支配してきました。自然と対峙する形で文明を築いてきた科学技術は、今自然の一部である生物から学び、自然と共生する科学技術へ転換しようとしています。
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