世界を混乱に陥れるパンデミック【医療】

世界を混乱に陥れるパンデミック


【グローバル化のなか、新型コロナウイルスとどう向き合うのか】
 20世紀以降の世界で、最も人びとの命を奪ったのは、戦争でも自然災害でもなく、ウイルス感染症の爆発的拡大=パンデミックです。人類の生活圏の拡大に伴って、自然界に存在する未知のウイルスとの接触が急増しています。現代世界に迫りくるパンデミックの危機に、私たちはどう対応すべきなのでしょうか。

世界を混乱に陥れるパンデミック 【パンデミックの歴史を追って】
- パンデミックとは -
 パンデミック(pandemic)という言葉は、ギリシャ語の「pan(すべて)」と「demos(人びと)」に由来します。「すべての人びと」に感染するという意味から転じて、感染症の世界的大流行を、パンデミックと呼ぶようになりました。
 歴史上有名なパンデミックに、14世紀にモンゴル帝国の拡大によってヨーロッパで猛威をふるったペスト(黒死病、ペスト菌が原因)があります。近代以降は、医療の発展により細菌が原因のパンデミックはほとんどなくなりました。それに変わってウイルス感染がパンデミックの原因になり、しかも交通網の発展によりパンデミックの規模は拡大していきました。インフルエンザウイルスによる1918~19年の「スペイン風邪」では、世界中で5億人が罹患し、うち4000万人が死亡するというパンデミックを引き起こしました。日本では、人口5500万人のうち約2300万人が罹患し、約38万人が死亡したといわれています。
世界を混乱に陥れるパンデミック - 世界を混乱に陥らせた「スペイン風邪」 -
 20世紀最大のパンデミックとなった「スペイン風邪」は、スペインで発生したわけではなく、最初の感染は1918年春にアメリカで確認されました。インフルエンザに感染したアメリカ人兵士が、第1次世界大戦のためヨーロッパに派兵されたことで、フランス、スペイン、イギリスへとインフルエンザの感染が広がっていきました。アメリカをはじめとする参戦国は、自国に不利になるとしてスペイン風邪の情報を隠蔽しました。しかし非参戦国であったスペインは情報を隠蔽しなかったため、このインフルエンザの大流行はスペインだけで起きていると受け取られて、「スペイン風邪」と呼ばれるようになったのです。
 当時、インフルエンザウイルスの存在が発見されていなかったため、これ以上の流行を防ぐためには、患者の隔離や患者と接触した人びとの行動を制限するなどの対策しかありませんでした。 ヨーロッパから海を隔てたオーストラリアは、港で厳重な検疫を実施して事実上国境閉鎖の措置を取ったため、ウイルスの国内への侵入を6ヶ月遅らせることができ、流行を最小限に抑えることができました。オーストラリアのような強硬手段を取っても、世界で「スペイン風邪」から逃れることができる場所はなかったのです。

- 不思議なウイルスの構造。「生物」か「無生物」か -
 ウイルスは、遺伝子(DNAまたはRNA)とそれを包む殻のみの単純な構造をしており、ウイルスを「生物」とするか「無生物」とするかについては、専門家の間でも意見が分かれています。平均的なウイルスの大きさは、数10〜300ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1㎜)で、細菌の10分の1から100分の1程度です。
 細菌は自らの力で増殖できますが、ウイルスが増殖するには、動物や植物などの細胞に感染して、その細胞のなかで自分自身の複製を作る他ありません。そのため、ウイルスに感染した細胞は、ウイルスの増殖に利用され最後には死んでしまいます。
 有史以来、人類はウイルスと共に暮らしてきましたが、科学的にウイルスの存在が確認されたのは19世紀末のことです。豚インフルエンザウイルスの発見は1930年、ヒトインフルエンザウイルスの発見は、「スペイン風邪」によるパンデミック後の1933年のことでした。
 ヒトは6歳になるまでに100%インフルエンザに罹ると言われるほど、インフルエンザウイルスの感染力は強力です。しかも、インフルエンザウイルスは遺伝子がRNAのため、頻繁に突然変異を起こしてウイルスの形を変化させます。そのため、一度インフルエンザに罹って免疫を獲得しても(ワクチンの原理)、変化した新たなウイルスには対抗できません。そのため、毎年のようにインフルエンザに感染してしまうのです。

- 人獣共通感染症。種の違いをこえた感染へ -
 ウイルスが種の違いをこえて感染すると考えられていなかった1970年代、ヒトインフルエンザウイルスが水鳥のウイルスに由来することが発見されました。このような鳥インフルエンザのヒトへの感染が全世界に広がったのが、1997年に香港で発生したH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスです。このウイルスの致死率は60%と高く、世界中で454人が死亡しました。
 インフルエンザウイルスは、他の生物の細胞表面のレセプター(受容体)に結合することで感染を引き起こします。ヒトの体の鼻腔から喉、臓器などにはヒトインフルエンザウイルスのレセプターが集中しています。また、肺の気管支や肺胞には鳥インフルエンザウイルスのレセプターがあり、ウイルスを大量に吸い込んだ場合、ヒトも鳥インフルエンザに感染します。
 インフルエンザウイルスは、ヒト、鳥、豚のほか猫や犬、馬などさまざまな動物に感染します。とくに豚の呼吸器にはヒト型レセプターと鳥型レセプターが両方存在するため、鳥から豚、豚からヒトなど種の違いをこえた感染を引き起こす原因となっています。
 2009年に発生し、パンデミックを引き起こしたH1N1亜型新型インフルエンザは、鳥・ヒト・豚のそれぞれに由来するインフルエンザウイルスの遺伝子の再集合により生まれた雑種のウイルスです。
 1918年のスペイン風邪に起源を持つ豚インフルエンザウイルスと、68年の香港風邪に起源を持つヒトインフルエンザウイルスと、北米の野鳥に流行していた鳥インフルエンザウイルスが、豚の体内で遺伝子再集合を起こして生まれた新たなウイルスが北米で流行しました。このウイルスとヨーロッパで流行していた豚インフルエンザウイルスが再び遺伝子再集合を起こして、ヒトに感染するH1N1亜型ウイルスを生み出したのです。
世界を混乱に陥れるパンデミック 【新型コロナウイルスの正体】
- 身近な存在でもあるコロナウイルス -
2019年12月、中国の武漢市から始まった新型コロナウイルス感染症の流行は、なお収束の兆しが見えません。
 これまでヒトに感染するコロナウイルスは6種類が知られており、うち4種は、一般的な風邪の原因の10~15%を占めています。残る2種が肺炎の重症化を伴うSARS(重症急性呼吸器症候群、2003~4年にかけて流行、致死率約10%)とMARS(中東呼吸器症候群、2012~15年にかけて流行、致死率約34%)です。
 今回の新型コロナウイルス感染症は、新型ウイルスである「SARS-CoV2」による感染症で、WHOは「COVID-19」と名付けました。ヒトに感染するコロナウイルスとしては7種類目となりますが、未知のウイルスであるためワクチンが存在せず、正確な潜伏期間、感染力、致死率などの調査・研究が急がれています。

- 未知のウイルスの探索 -
 ヒトの活動範囲の拡大と地球温暖化が、ヒトと未知のウイルスの接触を促しています。とりわけ、ヒトと野生動物の接触は人獣共通感染症を引き起こす原因となっています。
 また、地球温暖化により溶け出したシベリアの永久凍土からは、3万年前の地層に含まれていた新型ウイルス「モリウイルス」が発見され、引き続き凍土から新型ウイルスが放出されることが危惧されています。
 このようなウイルスへの感染や人獣共通感染症の拡大を防ぐために、新型ウイルスの早期発見に取り組むプロジェクトも始まりました。2009年にアメリカ国際開発庁(USAID)はエマージング・パンデミック脅威計画(EPT)を発足させて、新型ウイルスの存在を「予測」し、その出現を「予防」し、出現した際には「確認」のうえ直ちに「対応」するプロジェクトを進めています。
 このうち、特に重要視されているのは「予測」で、野生動物やそれと接触するヒトの動向に注目して、野生動物由来の感染症の発見に努めてきました。2017年にはその成果の一つとして、哺乳類の中でコウモリが新型ウイルスの流出源になる可能性が高いという予測が出されました。実際、WHO(世界保健機関)は、今回の新型コロナウイルスは、遺伝子解析の結果、コウモリに由来する新型ウイルスである可能性が高いと発表しています。
 未知のウイルスを事前に特定することを目指すグローバル・バイロム・プロジェクトも進んでいます。世界中に存在する未知のウイルスは167万種に及ぶと推定され、しかもその半数近くが、ヒトが接触すると危険なウイルスと考えられています。
 そこで、2016年に始まったこのプロジェクトは、10年以内にすべての人獣共通感染症ウイルスの99%を特定することで、未知のウイルスによる将来のパンデミックの発生を防ごうとしています。仮に未知のウイルスから新たな感染症が発生しても、事前にその遺伝子配列が分かっていたら、ワクチンも早期に製造でき、パンデミックが回避できるからです。
 アメリカ生物工学情報センター(NBCI)が運営するGenBankは、世界中の遺伝子情報(塩基配列データ)を無償で公開しており、SARS-CoV2の遺伝子配列もすでに公開しています。SARS-CoV2は、インフルエンザウイルスと異なり突然変異が起き難いとされます。

- 国際協力の重要性 -
 スペイン風邪を引き起こしたインフルエンザウイルスが世界を一周するのに約1年かかりました。現在では交通機関の発達や経済のグローバル化により、ウイルスはあっという間に拡散します。今回の新型コロナウイルスCOVID-19は、2019年12月に中国・武漢で発生してから、わずか3ヶ月で世界140か国に感染が拡大しています。
 パンデミックを防ぐために、194の国と2つの地域が加盟するWHOの果たす役割は重要です。感染症が発生すると、WHOとその加盟国・地域は、改正国際保健規則(IHR2005)に即して行動します。この規則は、「国際交通に与える影響を最小限に抑え、疾病の国際的伝播を最大限防止すること」を目的としており、感染症に加えテロや不慮の事故などで漏出した化学物質や放射性物質による疾病の発生など、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)が対象となっています。
 PHEICの対象となる事態が発生した加盟国・地域は、発生から24時間以内にWHOに通告し、事態への対応をはじめなければなりません。WHOは、1月30日にCOVID-19がPHEICであると表明し、3月11日にはパンデミックを宣言しました。WHOは2009年の新型インフルエンザでのパンデミック宣言が、国際的に不安をあおったと批判されたために慎重な姿勢を取ってきましたが、急速な感染拡大を受けて今回の宣言となりました。
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