いま、見直される リベラル・アーツ教育【社会】

いま、見直される リベラル・アーツ教育


【文理融合コースや学際系学部が増加】
 少子化や大学数の増加が進んだ結果、今や「大学全入時代」になりました。このため、各大学は特徴のある学部・学科の開設や、新しいカリキュラムを導入して大学の魅力をアピールしています。こうした中、リベラル・アーツ教育の導入を進める大学が増え、関心を集めています。リベラル・アーツとは何か。いま、なぜリベラル・アーツ教育が注目されているのか考えてみました。

いま、見直される リベラル・アーツ教育 - 起源は古代ギリシャまで遡る -
 リベラル・アーツの起源は、古代ギリシャ・ローマ時代にまで遡ります。リベラル・アーツとは、奴隷ではなく自由人として生きて行くために、基本となる七つの科目をさします。リベラル・アーツの「リベラル」は自由、「アーツ」は技術、芸術、学問を意味し、人を自由にする学問であることから「自由七科」とも呼ばれます。
 具体的には、言語に関わる「文法」「修辞学」「論理学」の三科と、数学に関わる「算術」「幾何学」「天文学」「音楽」の四科、計七科からなっています。そして、この上に「哲学」があり、さらに「神学」があるという学問体系になっていました。こうした科目を習得することが、自由人として生きて行くために必要な要素とされていたのです。
 ヨーロッパの大学では、19世紀から20世紀にかけてこのリベラル・アーツを学問の基礎、入口であるとして必ず教えることになっていました。
 オバマ大統領やスティーブ・ジョブズなども学んだとされるアメリカのリベラル・アーツカレッジは、この伝統をいまでも守っているといわれています。

- 日本のリベラル・アーツ教育 -
 日本ではリベラル・アーツを「教養」という概念でとらえ、戦前の旧制高等学校や戦後の四年制大学では、各学部の一般教養課程や教養学部、文理学部などでリベラル・アーツ教育が行われてきました。
 しかし、当時の日本のリベラル・アーツ教育(教養教育)は、アメリカのように学問の導入部としてリベラル・アーツ教育を受け、大学院進学までを視野に入れて専攻を決めるというのではなく、始めから希望する学部・学科を決めて受験するという点で大きく異なります。その選択も、小学校や中学校・高校といった早い段階で、各教科の成績によって希望する学部・学科を選択するケースが多く見られるようです。
 このように、日本の場合は先に専攻を決めて大学に入るため、教養課程での教育は高校時代の授業の延長になり、大学で早く専門的なことを学びたいと思って入学した学生の授業に対する興味は薄れていきます。また、教養課程を担当する教員は、学部や大学院を担当する教員に比べて軽く見られていたという事実は否めませんでした。 企業側からも、高度経済成長を背景に専門性の高い即戦力を持つ学生を求める声も高まります。日本の一般教養課程はこのようにして形骸化していったのです。
 このため、当時の文部省は1991年、大学の設置基準を緩める「大学設置基準の大綱化」という方針を打ち出します。大学の新設や、学部・学科などを新たに開設するには、文部省によって教育の中身や教員数、敷地面積や図書館の蔵書数などが細かく決められていました。この大学設置基準の大綱化で、大学の運営が大幅に自由化されました。
 この結果、学生や教員に評判の悪い一般教養課程を廃止しようという動きが加速し、東京大学など一部の大学を除いて教養部は解体されていきました。

- 教養部解体で何が起こったのか -
 複雑化・多様化・国際化する一方の現代社会に対応するには、全体を俯瞰しながら問題点を正確に把握し、解決策を模索しなければなりません。
 しかし、教養課程が解体されて以降、専門科目の単位数が増加し、学問の入り口でもある教養課程で扱われてきた科目は大幅に減少しました。この結果、学生は狭い分野の専門性にこだわり、社会性や常識、教養を身につけないまま社会に送り出されるようになったのです。
 1990年以降、長引く就職氷河期の真っ只中に放り出された学生は、就職戦線を突破するためにより高レベルの資格やスキルを求めて奔走するようになりました。大学も資格講座などを開設して学生を支援します。
 一方、バブル時代からデフレ不況時代に入った企業は、グローバル化を背景に学生に外国語を駆使したコミュニケーション能力や問題解決能力、考える力を強く求めるようになったのです。このように学生と企業の認識の差が広がっていきました。
 こうした問題を受け、2002年に文部科学省の中央教育審議会は、「新しい時代における教養教育の在り方について」という答申を出し、教養教育をより重視すべきだと指摘しました。専門知識だけに偏らず、社会人としての基礎力を高めるために、新しい形のリベラル・アーツ教育の構築が求められるようになっていきます。

- 新しい形のリベラル・アーツとは -
 現在、リベラル・アーツ教育で得られる教養とは、古代の自由人として生きて行くために必要な学問という概念から様変わりしてきています。
 従来、教養とは自らの人生を豊かにするために必要不可欠なものとされてきました。しかし、複雑化・多様化・国際化する現代社会において、何かをしようとすれば必ず他分野の人と協働して対処しなければならないというケースが増えています。こうした場合、他分野の人の考えを理解し、一緒に行動できる包容力や思考力、行動力などが求められます。これを可能にするのが「教養」の力といえるでしょう。
 このため、一つの専門分野を深く学ぶのではなく、複数の学問分野にまたがる学際的な分野での学びが求められるようになってきました。
いま、見直される リベラル・アーツ教育 - 増加が目立つ学際系の学部・学科 -
 近年、新しい形のリベラル・アーツとして、入学時には細かい専攻までは決めず、教養課程を学んでいく中で専攻を決めるというアメリカの考え方に近い大学や、理系・文系にとらわれない文理融合コースの開設や学際系の学部・学科を開設する大学が増えています。
 秋田県にある国際教養大学などのように、「グローバル・リベラル・アーツ」を掲げて、全ての授業を英語で行い、しかも海外留学が必須となっている大学もあります。
 一連の自然災害を受け、防災関連の学部を開設する大学も増えています。こうした大学では、安全・安心な社会の構築に寄与できる人材育成のため、法学、経済学、社会学、情報学、理学、工学、医学などを体系的に学べる文理融合型のカリキュラムを組んでいます。多くの分野からアプローチすることで災害の全体像を明確にし、その中で個々の専門性を生かそうというものです。
 他にも、多くの大学が新しいリベラル・アーツ教育の構築をめざして様々な取り組みを行っています。こうした大学に共通していえるのは、グループワークやプレゼンテーション、フィールドワークが頻繁に取り入れられ、これらの活動を通して問題発見・解決型の授業が行われていることです。

- 予期せぬ事態に対処するには -
 1995年に阪神淡路大震災が発生し、2011年には東日本大震災が発生しました。地震列島に住む日本人として、自らの安全・安心を確保するには、自然科学への関心の有無を問わず地震発生のメカニズムを詳しく知らなければ対策が取れません。
 東京電力福島第1原子力発電所の事故では、放射能、放射線、ベクレル、シーベルトなど普段は馴染みのない言葉が飛び交いました。原子力に関することは、物理学者や技術者に任せておけば良いという訳にはいきません。放射性物質に汚染された大地が元の状態に戻るには、今後数十年もの年月が必要とされています。この間、汚染された地域に住む人々の生活、被爆者の健康問題、原子力発電所の再稼働、日本のエネルギー事情など問題は山積しています。
 こうした問題に対処するには、新しいリベラル・アーツ教育に見られるように、全体を正確に把握し、個々の事案について専門的に解決策を模索していく力が必要となってきます。

- 専門性の危険な落とし穴 -
 阪神淡路大震災の起きた1995年に、オウム真理教による地下鉄サリン事件が発生しました。乗客や駅員ら13人が死亡し、負傷者は約6300人という無差別大量殺人事件だったのです。事件のあらましについては、数多く出されている資料で調べていただくとして、この事件に最難関大学の理工系学部や医師といった若者が数多く関わっていたことが、驚きをもって報じられました。
 日本にはさまざまな宗教が存在しますが、多くに人にとって葬式や法事などを除くと、宗教的なことがらとの直接的な接点はほとんどありません。しかし、世界を見渡すと、宗教が多くの役割を果たす一方、世界各地の紛争に宗教が少なからず関わっているという事実も見逃せません。
 宗教に関する基本的知識や教養がなければ、オウム真理教の事件に関わった若者のように意外な落とし穴に陥ってしまう恐れがあります。オウム真理教の事件は、教養を深めて社会を幅広く見つめる必要性を強く認識させられた事件でもありました。

HSTで「教養力」のアップ
各分野の時事問題を中心に編集
 ハイスクールタイムズ(HSTは2005年10月に創刊し、今回の9月号で49号に達しました。
 この間、タイムリーな時事問題や社会問題をバランスよく取り上げ、皆さんの教養を高めることを目的に編集してきました。私たちの周りには、各メディアを通してさまざまな情報があふれています。その中から、教養を高めるのに資する情報を選び出し、歴史的背景から解説し、問題点を明らかにするだけでなく、将来を展望できるようにまとめています。短い文章ではあっても、間口も奥行きも深い立体的な原稿になるように心がけています。
 このため、毎回HSTで取り上げる7〜8点のテーマに目を通すことで、「いま何が起こっているのか」を理解できるようになっています。自然科学、人文科学、社会科学といった各分野の出来事をバランスよく取り上げ、立体的に理解できるようにコンパクトにまとめています。活字を読むことが苦手の人が多くなっていると聞きますが、是非目を通していただきたいと思います。
 教養力アップが強く求められる今日、HSTはその入り口としての役割を果たしていると確信しています。HSTでさまざまな問題を理解するとともに、興味ある記事については他の専門的な資料などで調べていただくことを期待しています。それが、貴方の教養をより一層深めることになるでしょう。
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