「女性が輝く社会」を実現するためには?【社会】

「女性が輝く社会」を実現するためには?


 近年、日本では、「女性が輝く社会」の実現が政策課題となっています。しかし、この課題を達成するのは簡単なことではありません。ここでは、近代日本における女性の権利の歴史を振り返るとともに、戦後日本における女性の労働の歴史をたどり直してみましょう。そうすると、この課題の達成を困難にしている理由が見えてくるはずです。

「女性が輝く社会」を実現するためには? - 戦前日本の家制度と女性 -
 戦前の日本における女性の権利について理解するためには、戦前の民法について理解しておく必要があります。  民法とは、刑法が犯罪と刑罰を定めるものであるのに対して、個人の財産関係や親族関係を定めるものです。明治に入って、近代的な刑法が施行されたのは明治15年(1882)、近代的な民法が施行されたのは明治31年(1898) のことですから、民法の制定・施行にはずいぶん時間がかかったことがわかります。西洋の考え方に基づいて民法を制定するのか、より日本的な特質を持たせるのかをめぐって論争(民法典論争)が起こるなど、議論が紛糾したためでした。  こうしてできあがった民法(明治民法、旧民法)は、結果的に強大な権限を持つ戸主を中心とする家制度を特徴とする日本的なものになりました。戸主の立場は、ふつう男性の長子に家督相続されるもので、戸主は家のなかで家族に対し強大な権限を持ちました。具体的にいうと、戸主は、家の財産をまとめて相続するとともに、家族に対して居所指定権や婚姻同意権などの戸主権を行使して家族の生活を管理しました。旧民法下では、家族は自由に財産を処分することはもちろん、自分で住む場所を決めたり結婚相手を選んだりすることも難しかったのです。  旧民法下の家制度のもとで、最も苦しめられたのは男性の戸主にあらゆる決定権を握られていた女性たちです。明治期の女性歌人として名高い石上露子(1882~1959)は、大阪・富田林の旧家の跡継ぎ娘として生まれ育ち才能を発揮しますが、婿養子として迎えられ戸主となった夫に短歌を詠むことを禁じられ、歌人としての全盛期に心ならずも筆を折っています。このように、戸主の意向ひとつで、女性の生き方が決められる時代でした。
「女性が輝く社会」を実現するためには? - 日本国憲法と女性の権利 -
 1945年8月の敗戦後、日本はアメリカを中心とする連合国の占領下に置かれますが、占領軍は日本を民主化するための方策の一つとして、女性の権利の伸長を重視しました。  1945年末には、衆議院議員選挙法が改正されて成人女性にも選挙権が与えられ、女性議員も含む国会議員によって現在の日本国憲法が成立しました。その第24条で、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」とされました。 このため、日本国憲法の施行(1947年5月3日)後まもなく、旧民法は改正され、家制度も戸主権も廃止されました。日本の女性もやっと、自分の意思で結婚相手を決めたり、住む場所を選んだりすることが、少なくとも法律上はできるようになったのです。法律上の変化がすぐに社会の実態に反映されたわけではありませんが、しかしこれは大きな変化でした。
「女性が輝く社会」を実現するためには? - 高度経済成長と女性労働 -
 次に、戦後日本における女性の労働という観点から考えてみましょう。  労働は、大まかには生産労働(収入を得るための労働)と再生産労働(家事・育児・介護など)とに分けて捉えることができます。再生産労働は、直接収入にはつながりませんが、収入を得るための生産労働を持続していくうえで不可欠なものです。  戦後、日本の農家を例にとって考えてみますと、女性は夫とともに生産労働としての農業労働を担いながら、再生産労働としての家事・育児・介護等も担っていました。戦後の日本では、戦前以来の家の観念が長く影響していましたから、家の中での嫁の立場は弱く、農家の嫁は農業労働に加えて家事や育児に追われ、とてもたいへんな生活を送っていました。  1955年に高度経済成長が始まると、都市のサラリーマン家庭が増え、核家族化も進み、状況が変化していきます。そういうなかで、男性(夫)は家の外で生産労働に従事し、女性(妻)は家の中で再生産労働に従事する、という役割分担が次第に定着していきました。  高度経済成長の時代には、夫は長時間献身的に企業のために働き、妻は家で企業戦士としての夫を支える、という形が合理的に機能したのです。政府は税制などの面で、企業は福利厚生などの面で、妻や子どもを扶養しなければならない存在として夫=男性労働者をサポートする仕組みを作りました。労働組合も、男性労働者が妻や子どもを十分に扶養できるだけの賃金(家族賃金)を要求するというかたちで賃上げを求めました。  このようにして、高度経済成長の時代に、サラリーマンの夫は長時間献身的に企業のために働き、専業主婦の妻は家で企業戦士としての夫を支え無償で家事や育児や介護を担う、というあり方が日本社会に定着していったのです。 「専業主婦」は、もっぱら無償の再生産労働に従事して、収入をともなう生産労働には従事しない主婦と定義できますが、そのような存在としての専業主婦の比率が最も高くなったのは、高度経済成長がピークに達した1970年代前半のことでした。
「女性が輝く社会」を実現するためには? - 日本で女性の社会進出はなぜ進まないのか -
 そのなかで、夫にはより長い時間献身的に企業のために働くことを求められるようになるものの、賃金はなかなか上がらないという状況が生まれてきて、賃金の上昇の鈍化を補うために妻がパート労働者として働き始めるようになります。  しかしながら、女性が正規労働者として働き始めるという動きには、なかなかつながりませんでした。その理由としては、高度成長期にできあった日本社会のさまざまなシステムが、「企業戦士」として働く夫、無償で家事や育児や介護を担う「専業主婦」としての妻という役割分担を前提としていたという点をあげることができます。
「女性が輝く社会」を実現するためには? - 大きな壁として立ちはだかる夫と妻の役割分担 -
 女性が正規労働者として働こうと思ったら、男性労働者と同様に長時間献身的に働くことを求められることになるわけですが、それだと家事や育児や介護との両立が不可能なので、家計補助的なパート労働にとどめるということになっていったのです。政府の税制も企業の手当も、社会をこのようなあり方に方向づけるように設計されていました。今も日本の税制に残る配偶者控除や、年金制度における第三号被保険者(サラリーマン・公務員に扶養される年収130万円以下の妻は、年金保険料を負担することなく年金が受け取れる制度)の存在はその典型です。  政府が、社会をこのようなあり方に方向づけた背景には、女性に無償で再生産労働を担ってもらえると社会保障費を浮かすことができて都合がよかったという理由もあります。たとえば、妻が無償で夫の両親の介護をしてくれたり、幼い子供を保育所に預けず家庭で育ててくれたりすれば、政府はその分だけ社会保障費を節約することができるわけです。  しかし、かつて「日本型福祉社会」と呼ばれ、積極的に推進されようとしたこのようなあり方がもはや立ち行かなくなっていることは、すでに2000年に介護保険制度が導入され、介護の社会化が始まっていることからも容易に理解されます。従来から続く夫と妻という役割分担だけでは、すでに限界を超えているのです。

- 「女性が輝く社会」を実現するために -
 女性が正規労働者として活躍できる環境を整えるためには、高度成長期に形成され、その後も維持されてきた家庭内における夫と妻の社会的役割分担を変える必要があります。この場合、重要なことは、変わらなければならないのは女性よりもむしろ男性であり、さらには日本社会そのものであるという点です。  まず第一に、先進国のなかでも飛びぬけて長い日本の労働者の労働時間が短くならない限り、家事や育児や介護の責任を負わされがちな女性の社会進出は進みません。そのような責任を負わされたまま、男性と同じように長時間働けと言われても、女性は前向きになれないでしょう。  第二に、これまで女性に無償で負わされてきた再生産労働の責任を社会で分担したり、夫が分担できるようにする必要があります。子育てや介護の社会化、たとえば、保育所を利用しやすくしたり介護施設を利用しやすくしたりするには、社会的なコストがかかります。しかし、女性が活躍することで生み出される社会的利益により、そのようなコストは容易にカバーできるはずであり、日本社会はそういう方向に舵を切らないと、今後の成長を見込めない段階にすでに立ち至っているのです。  1986年に施行された男女雇用機会均等法は、男女に機会の均等を約束しましたが、実質的な平等は実現されませんでした。それは、これまで述べてきたような役割分担が社会に残されたままで、女性が活躍しようと思ったら、長時間の生産労働に加えて無償の再生産労働も担わなければならなかったからです。  このように、女性に負担が集中するような社会のあり方に手が付けられないままでは、「女性が輝く社会」は実現できません。「女性が輝く社会」を実現するためには、男性の働き方をいかに変えるか、育児や介護を社会がどう担うか、といったことこそが重要なのです。
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