「子どもの貧困」を考える ― その背景と現在の取り組み ―【社会】

「子どもの貧困」を考える ― その背景と現在の取り組み ―


 現在、日本では少なくない数の子どもたちが経済的に困窮し、さまざまな機会を奪われ、人生全体に悪影響を及ぼしかねない貧困状態に陥っています。なぜ先進国の日本で「子どもの貧困」が問題になっているのでしょうか。その背景と、解決に向けた取り組みについて調べてみました。

「子どもの貧困」を考える ― その背景と現在の取り組み ― 【「子どもの貧困」とは何か?】
- 「子どもの相対的貧困率16%」の衝撃 -
 1945年の敗戦後、戦争で荒廃した日本で、貧困は重大な社会問題でした。しかし1950年代半ばから日本の高度経済成長が始まると、所得が増加して貧困を脱する人が増え、厚生省は低所得世帯数の調査を1965年に打ち切りました。これ以降、2009年まで政府が低所得世帯数を把握することはありませんでした。
 2009年に厚生労働省が初めて発表した日本の相対的貧困率は衝撃的な数値でした。相対的貧困率とは、貧困線(国民の所得の中央値の半分の値)を下回る所得で生活している人の割合です。2009年の時点で4人家族をモデルに考えると、年収244万円以下(≒月収20万円以下)で生活せざるを得ない家族の割合が相対的貧困率です。2009年の子どもの相対的貧困率16%とは、子どもの6人に1人=320万人の子どもが貧困線以下で暮らしていることを意味します。
 相対的貧困率の発表をきっかけに、「子どもの貧困」は日本の現在、そして未来を揺るがす社会問題として広く認知されたのです。
「子どもの貧困」を考える ― その背景と現在の取り組み ― - 日本の「子どもの貧困」=相対的貧困 -
 貧困という言葉から、多くの人がイメージするのは「食べるものがなくて飢える」という状態でしょう。このような貧困は、生きていくために必要な栄養量の欠如=絶対的貧困と呼ばれています。しかし、いま日本で問題となっている「子どもの貧困」は、外見からは判断しにくい貧困です。長期間にわたる物価の下落(デフレ経済)が続いた日本では、格安で衣服や日用品、食料品が売られているため、生存するための最低限のモノの入手は必ずしも困難ではありません。そのため、外見からその人が貧困な暮らしを送っているかどうかはわかりません。
 このように一見しただけではわからない貧困を相対的貧困といいます。相対的貧困が重視するのは、「社会の一員として社会生活を送ることができるかどうか」という点です。具体的には、「社会で通常経験できることができない」、「社会で通常得られるモノが得られない」という状態に置かれることを相対的貧困といいます。日本では食べるものがない、着るものがないといった絶対的貧困はまれです。しかし、同じ世代の子どもが持っているものを持てない、同じ世代の子どもが経験していることを経験できないといった相対的貧困は広がりつつあり、貧困に陥っている子どもたちの未来に暗い影を落としているのです。

- 教育費の負担が大きい日本 -
 「子どもの貧困」のうち、身近な問題となっているのは家庭の経済状況により、学校生活や進路の選択が制限されてしまうことです。その背景には、日本では教育費が非常に高く、しかもその多くを保護者や子ども自身が負担しなければならないことがあります。
 教育費は、公教育費と私教育費に分けられます。公教育費とは、先生の給与や義務教育の教科書代、学校の建物などにかかる経費で国や自治体が支出しています。私教育費とは、保護者や子ども自身が負担する経費のことです。私教育費には、給食費や教材費、学用品費、修学旅行費、部活動費など学校でかかる費用と、習い事や塾など学校外でかかる費用があります。
 なぜ私教育費の負担が大きいかというと、日本の公教育費の国家負担が先進国のなかで最も少ないためです。無償とされる義務教育でも、公立小学校では年に10万円、公立中学校では年に17万円程度を保護者から徴収しています。意外なことに、ランドセルや学校指定の通学カバン、制服、体操服、上履き、体育館シューズ、水着などに加え、算数セットや書道道具、鍵盤ハーモニカやリコーダーなど、学校で使う学用品を個々の負担で購入している国は日本以外には殆どありません。
 私教育費の家計への負担は年々大きくなっており、経済的に余裕のない家庭では子どもの学校生活にも支障が出ています。給食費が払えない子ども、遠足代や修学旅行代が払えず参加をあきらめる子どももいます。また、道具代や遠征代、部活動費が払えず、ずっと続けてきた部活動をあきらめる子どももいます。
 家計が苦しいと、習い事や通塾を続けることは難しいのが現実です。難関大学に合格するために、塾や予備校に通うことが当然となっている現在の日本では、家計のために塾や予備校に通えない子どもは、それだけで将来の選択肢を狭められてしまいます。
 「子どもの貧困」は、教育機会の格差にとどまる問題ではありません。病気になったときにすぐに病院にかかることができるか、栄養バランスの整った食事をとることができるかといった健康面にも大きな影響が出ています。
「子どもの貧困」を考える ― その背景と現在の取り組み ― 【日本社会が「子どもの貧困」を生み出した】
- 雇用の崩壊と子育て世代の貧困 -
 子育てを担う大人世代の貧困が、子どもの貧困を生み出しています。子育て世代の貧困の背景にあるのは、働いていても子どもを育てるのに十分な賃金を得ることができない日本の労働環境の悪化です。
 1950年代から70年代にかけての高度経済成長期の日本では、ほとんどの男性が正規雇用につき、年齢を重ねるとともに賃金も上昇していきました。一方で、主婦のパート労働の賃金は、家計の補助的役割と見なされて低く抑えられ、女性が単身で家計を支えるには大きな困難がともなっていました。
 1985年に労働者派遣法が施行され、以降96年、99年、2003年に同法が改正されるにしたがって、派遣社員・契約社員などの形で働く非正規雇用の労働者数は増加の一途をたどります。2003年の改正では、工場など製造業の現場での派遣労働が解禁されました。2004年以降、多くの労働者が非正規雇用に転換させられて、大幅な賃金の上昇が見込めなくなりました。そして、2008年の世界金融恐慌による景気悪化により、非正規雇用の労働者が相次いで失職したことをきっかけに、はじめて「貧困」が社会問題として大きくクローズアップされたのです。2008年以降、日本のサラリーマンの平均所得は頭打ちとなり、それにともなって相対的貧困率も上昇していきました。

- 突出する一人親世帯の貧困率 -
 日本では、一人親世帯の相対的貧困率が50%を超えています。日本の一人親世帯の大半は母子世帯で、その母親の就労率が80%を超えていても貧困に追い込まれるのは、女性の賃金が低いためです。2011年の調査では、日本の母子世帯の平均就労年収は約181万円で、一般世帯の70%程度となっています。母子世帯で就労する母親の多くは、子育ての負担のために低賃金の非正規雇用で働かざるを得ないため、賃金が低くなってしまいます。両親が離婚した場合、子どもは別居の親から養育費を受け取る権利があります。しかし、離婚の際に両親が養育費の金額を取り決める例は2016年の調査では6割程度です。
「子どもの貧困」を考える ― その背景と現在の取り組み ― 【「子どもの貧困」を解決するために】
- 生活保護制度の概要 -
 従来、日本の貧困対策を担ってきたのは、1950年に施行された生活保護法です。日本国憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という理念に基づく生活保護法で、病気や障がい、失業などで経済的に困窮した人に必要な給付を行ってきました。給付の内訳は、①食費や水道光熱費などの「生活扶助」、②賃貸住宅の家賃「住宅補助」、③義務教育を受けるために必要な学用品費「教育扶助」、④医療サービスの費用「医療扶助」などで、各世帯の人数や居住地域によって給付金額が決められています。

- 「子ども貧困対策法」の目標 -
 政府が2013年6月に公布した「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(「子ども貧困対策法」)は、2014年1月に施行されました。「子どもの貧困」を国が責任をもって解決すべきとしたこの法律の目的は、親世代の貧困が子ども世代にも受け継がれる「貧困の世代間連鎖」を防ぐことにあります。具体的には、①教育対策、②生活支援、③保護者の就労支援、④経済的支援の4本柱で「子どもの貧困」を解消し、次世代への貧困の連鎖の解消を目指しています。地域では、「子ども食堂」や無料の学習塾などを通じて、食事や居場所の提供や子どもの学力の充実を実現しようとする取り組みが始まっています。
 「子ども貧困対策法」は、貧困が子どもに及ぼす悪影響を断ち切ろうとはしているものの、貧困そのものをなくそうとすることを目指す法律ではありません。貧困そのものをなくすには、大人世代の雇用を安定させ、賃金上昇を実現させることが必要不可欠です。
「子どもの貧困」を考える ― その背景と現在の取り組み ― - 「貧困バッシング」で貧困は解決されない -
 近年の日本では、生活保護世帯などへの「貧困バッシング」が強まっています。生活保護を受けているのにスマホを持っている、外食をしているといったことを批判するのは、見るからに「みじめな人」「かわいそうな人」でなければ貧困であると認めようとはしない日本社会のあり方そのものです。
 また、貧困に陥るのは自分の努力が足りないからだという自己責任論が、インターネットの言論空間などで広がっています。しかし、病気や失業で生活が困窮する可能性は誰にでもあります。誰もが貧困に陥る可能性と隣り合わせに現在を生きているのです。
 何よりも、子どもは生まれる家庭を自ら選ぶことはできません。だからこそ、生まれた家庭の経済状態で将来の可能性が制限される「子どもの貧困」を自己責任に帰してはならず、日本社会全体の課題として解決に取り組むことが強く求められています。
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